伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約

「だって……私、今頃になって……」

「強引な手に出たのは、俺だ。あの日……舞踏会で出会ってから、なぜか君のことが気になってね。以前にレディ・シルビアから、アディンセル邸に引き取られたクレアという女性がメイン通り近くに店を開いている、と聞いたことがあったのを思い出した。気が付いたら自然と足が向いていたんだ」

ライルはソファーからスッと立ち上がった。そのまま窓辺まで進み、外に広がる庭園に目を向ける。

「助け船を出すつもりが、あの男に君を奪われたくなくて、ついムキになった。……でも、結果、君をさらに悩ませることにになってしまった」

振り返って、クレアを見た。

「本当に済まない」

「……いいえ、悩ませるだなんて……そんな……」

クレアは首を横に振った。

ああ、自分が正統な令嬢だったら、何の迷いもなく、その胸に飛び込めるのに……。

でも、これで彼との関係は終わりだ。これで良かったはずなのに、胸の痛みが、心に小さな穴を開けたように感じた。

でも、未練とも違う。

「助けて頂いて、本当にありがとうございました。実家に出して下さったお金は必ずお返しします」

「それは気にしなくていい。失礼を承知で言うけど、君が一生働いても返せる額ではないよ」

「……分かって……ます……。でも」

「いいんだ。俺が勝手にしたことだから。君の実家にも返済を求めるつもりはないから安心してくれ。それに、今すぐには家に帰りにくいだろう？ しばらくここに滞在するといい。その間に、君が元の通りに暮らせるよう、方法を考えよう」

「え、でも……そんな」

「後で部屋に案内させるよ」

思いがけない言葉だった。今すぐに追い出されるとしても、何も文句は言えない立場なのに。