伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
そんな彼女を、ライルは困ったように眉を寄せて見つめた。

……やっぱり、いきなりご迷惑だった…?

その表情に、クレアが少し不安になっていると、

「君みたいな無垢な女の子が、男の前で、何でもするなんて、軽々しく言ってはいけないよ」

と、優しく腕を掴まれた。

「えっ……?」

「では、君のその身で、仕事をしてもらおうか」

甘く低い声が、腹の底に響いたかと思うと、クレアの腰にライルの手が回されてた。

え……何……?

驚く間もなく体がピタリと引き寄せられ、ライルの瞳が、真っ直ぐに自分を見下ろしている。

先ほどまでと同じの瞳の色なのに、違って見える。その奥に、獲物に狙いを定めたような光が見え隠れしている。

「!」

クレアは真っ赤になって、ぐいとライルの胸を押した。外見よりも逞しい胸板の感触に、さらにクレアの羞恥心が煽られる。

「そ、それは、無理です……! 私、そういう経験が無くて……! キスだって、この前が初めてだったんです……!」

焦るあまり、自ら、かなり恥ずかしいことを暴露してしまっていることに、クレアは気付かない。

じたばたと腕の中で暴れるクレアを楽しげに眺めると、ライルは彼女から手を離し、フッと笑った。

「……君はやっぱり可愛いよ」

「……」

可愛い、と言われて舞い上がってはいけない。彼にとって可愛いとは、面白いと同等の意味を持つのだ。

「……ふ、ふざけないで下さい……!」

「ごめん、つい……。じゃあ、君にやってもらう仕事の話をしよう」


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