伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
それに、ふざけたことを頼む変人として、ライルの名が世間に広まってしまうことにもなりかねない。

その点、仕事と称してその役をクレアには頼みやすいだろう。

婚約者が誰かと聞かれて、最初にライルの名を上げてしまったのは――彼女だ。

まさかの嘘が、こんなことになるなんて思わなかったけど……。

しかし、クレアにはマナー以外にも懸念していることがあった。

言い出しにくいが、言わなければならない。自然と声は小さくなる。

「……私なんかと一緒にいると、きっとライル様に恥をかかせてしまいます……」

「どうして?」

「……だって、私、美人でもないし……髪の毛の色は暗くて、パッとしないし……瞳の色も薄くて気味が悪い、って言われて……」

初めて義母と対面した時のことを思い出して気分が沈み、言葉に詰まった。

すると、うつむくクレアの頬に、ライルの手がそっと触れた。そして、頬を包んだまま、その手がゆっくりと動き、クレアがライルの方を向く形となった。

無理やり向かされたという感覚はない。それだけライルの所作は、自然で、優雅だった。

息がかかるくらい、ライルの顔が近い。翠緑の瞳に覗き込まれるように見つめられて、ドキリと胸が高鳴り、身動きが取れなくなる。

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