伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「君は鏡で自分の姿を見たことがある?」

「あ、当たり前ですっ。毎日見てます」

いきなり何を言い出すのだろう。クレアは少し口を尖らせた。

「驚いたな。君は気付いてないのか?」

「何が……ですか?」

きょとんとして、クレアは聞き返す。

「君の瞳のような色をパールグレーというんだ。宝石を見てるみたいだよ。こんなに綺麗なのに、悪く言う人間がいるなんて信じられないな」

少し怒ったような、ライルの口調だった。

「それに、この髪の色。黒褐色とも違う。室内では黒に近いのに、さっき窓辺に立った時は、日光に当たって透明感のある艶やかな茶色に見えた。とても美しい色だよ」

そう言って、片方の空いてる手で、クレアの三つ編みをすくう。

「肌も白いし、整った綺麗な顔立ちだ。君を手に入れたがる男がいても不思議じゃない」

「……」

異性に、こんなに自分の容姿を誉められたのは初めてのことだ。

頬が熱くなるのが分かる。

どうか、この熱がライル様に伝わっていませんように……恥ずかしいから。

早く手をどけて欲しいのに、まだ触られていたい。そんな複雑な心境だった。

もしかしたら、クレアの気が良くなるように、言っているだけなのかもしれない。だが、例え嘘だとしても嬉しかった。

「ありがとうございます……」

消え入りそうな声で呟く。

「仕事の内容は理解してくれたかな」

ライルが手を離した。

「……はい」

「店はこれまで通り続けてもいいけど、三日おきに休めるかな? ここでの生活に慣れるまで大変だろうから、外で働き詰めになって疲れてほしくないんだ。それから、君が雇われて婚約者をすることは周りには内緒だよ? 誰かに知られてしまっては意味が無いからね」

「……はい」

「じゃ、引き受けてくれるかな?」

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