愛と音の花束を
早瀬先生が部屋に登場し、ご挨拶された後、私が立ち上がり、チューニング開始。

オーボエの本多さんと目を合わせる。

……ああ、彼は分かってる。

これから大変な事態になることも、私が不安なことも。

それでも、いつもと同じ、安定して澄んだAの音。

力づけられる。


Aの音を弦楽器に回しながら、部屋の後ろに座る椎名と目が合った。

彼は、真剣な顔で、頑張って、というようにうなづいた。

……あ、この人も分かってる。

それがとてもうれしかった。

彼が微かに笑ったことで、私の顔がほんの少し緩んでいたんだと自覚する。

私は椅子に座りながら自分に言い聞かせる。

大丈夫。頑張れる。



全体のチューニングが終わると、ソリストの三神君が私に握手を求めてきた。

今まで見たことがないような、好戦的な微笑み。

立ち上がり、「よろしくお願いします」と告げる。
たぶん彼の胸を借りることになる。

三神君が、私と握手した後オケのみんなに向かって会釈すると、拍手が起こった。
大多数が、上から目線の「まあ頑張って」の拍手だ。その余裕がいつまで続くか。
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