愛と音の花束を



「やっぱり満席はいいわね。テンション上がるわ。綾乃さんどこかな」
「真ん中へんにいるんじゃない?」

舞台袖。早瀬先生と三神君と私で客席を映すモニターを眺めながら、開演を待つ。
客席は、隅までぎっしり埋まっている。こんなの初めてだ。

それにしても、この人達に緊張感はないのか。
少しテンションが高いものの、いつも通りだ。
なお、綾乃さんというのは三神君の彼女のお名前。

「お客様1,000人もいるのに、たったひとりのために弾くんだから、アマチュアっていいわよね」
「アマチュア演奏家としてうちのコンサート乗る?」
「いいわね。たまには演奏家の気持ちも味わって勉強したかったの。ヴァイオリンでもピアノでもいけるわよ」

「わあ、早瀬先生のヴァイオリン、聴いてみたいです」
私が思わず口を挟むと、早瀬先生はいたずらっぽく笑った。

「三神に何かあれば、私が弾き振りしてお聴かせできるのだけど」

弾き振りというのは、その通り『弾きながら振る』、つまり、ソリストをやりながら指揮もするということ。

「せっかくできた彼女に申し訳ないから、何もないことを祈るわ」
「当たり前だよ」
「まあそんなわけで三神は大船に乗ったつもりで弾けばいいのよ。で、アンコール曲をいつまでたっても明かさないけど、決まってるんでしょうね?」
「アンコールやらないって言ってるだろ。アマチュアがおこがましい」
「アマチュアだからこそファンサービスが大事なんじゃない」
「曲がすべて。一発勝負なんだからそんな余力が残らないくらい精魂こめて弾くのがアマチュア」
「彼女ができても、かわいくない男なのは変わらないわね」


「開演5分前です。アナウンス入れます」

ステマネの声に、2人の雰囲気が引き締まった。




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