愛と音の花束を
–––––––重い。


胸に楔を打ち込まれたかのような、重々しさ。

ピアノ1台、たった2音で、こんなに重い音が出るんだ……。


上昇する音は、ホールを、彼の世界に塗り替えていく。

ディミヌエンドの後、たっぷりの休符。

沈黙を怖がらず、聴衆を引き込む度胸。
休符も音楽なのだと思い知らされる。

三神君が、那智と『本質は似ている』と言っていた意味がわかる。
彼らは、アマチュアとはいえ、音楽家なのだ。
楽器で、世界を作ることができる。

息をするのもはばかられるほど、隅々まで神経が張り巡らされた静かな序奏が終わり、第一主題へ。

切なく、鬱々とした、でも繊細さと優しさを併せ持つ、何とも捉えどころのないメロディが、ためらいがちに繰り返される。
柔らかだけど、ときに力強くなる打鍵。
規則正しいリズムだけど、たまに悶えるような伴奏。
計算されたアンバランスさに落ち着かなくなる。
……恋の始まりの不安定さみたいだ、と思った。

やがて恋心を自覚した音楽は、情熱を帯びていく。
それほど強い打鍵には見えないのに、音は力強く、芯を持ち、私の心を盛んに叩いてくる。

恋しさ。届かぬ想い。
片想いの切なさを叫んでいるようで、胸が痛い。


激しい感情は長く続かず、幾分もせずに、音楽は静かに沈んだ。

第二主題。
独り言をつぶやくような単音のメロディ。
優しく鍵盤をなでるような指先がなまめかしい。
そこから紡がれるのは、濁らず、澄み切った弱音(じゃくおん)。


この曲は、多面的な彼によく似合う。
これまで、曲想の変化と一緒に、顔も雰囲気も次々と変化してきた。
切なげに眉をひそめたり、
うっとりと恍惚の表情を浮かべたり、
遠くを見つめて考えにふけったり。

フランクの時に三神君と作った音楽とも違う。
動物の謝肉祭で見せた、描写的な音楽とも違う。
この男には、どれだけ奥行きと引き出しがあるんだろうか。
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