愛と音の花束を
彼が鍵盤から指を離し、響きが消えたか消えないかのタイミングで、後ろが拍手とともに立ち上がる気配がした。
「ブラボーっ!」
「ブラヴォッ!」
いくつもの声が飛ぶ。
前列の“審査員”達も、大きな拍手を送っているのを見て、ほっとした。
那智は、肩で大きく息をしてから、立ち上がった。
顔は赤く、汗が光っている。
客席を向き、何故か切なそうに微笑んで、深々とお辞儀をしてから、袖へ下がっていった。
拍手は続く。
私は拍手を送りながら、彼と出会ってからの出来事を思い返していた。
もし、出会ってすぐ恋心に気づいていたら、
もし、すんなり付き合ってたとしたら。
もし、ヴァイオリンが上手くなる前に、ピアノがものすごく上手いと分かったら。
今の演奏を聴いて、引いてたと思う。
恋かどうかわからない時期や、すれ違った時期があったから、激情を露わにする那智を見ても、好きなままでいられるのだと思う。
遠回りをしたことは、結果的によかった。
あとは、遠回りした時間を取り戻していけばいい。
鳴り止まない拍手に、那智が再びステージに姿を見せると、団長が立ち上がり、後ろを向いた。
拍手がやむ。
「この拍手をもって団員の総意とみなし、」
隣で環奈が手を合わせ、ウンウンうなづいている。
「椎名那智氏を、我が団の来年春の定期演奏会、ピアノ協奏曲のソリストに決定します!」
沸き起こる拍手と歓声。
ステージ上の那智は神妙な顔つきで、深々と頭を下げた。
「さあ、この後は、ホワイエにてレセプションを行いますので、皆様移動しましょう!」