【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
 冷えた風を全身に受けながら遥か遠くにある悠久の城を目指すキュリオ。彼の背で純白に輝く翼は月の光よりも優しく、また彗星のように光の尾をひきながら夜空を駆け抜ける。

「……」

(アオイの出生の重要な手掛かりになるかもしれない。
……だが、私は生まれて間もない彼女を見つけた。それ以前の記憶が残っているだと……?)

 赤子にそれほど鮮明な記憶が残っていることなどあり得るのだろうか?
 だが、ふとしたダルドの行動がアオイの記憶を呼び覚ますきっかけになったのかもしれない。詳しい経緯は省かれた内容だったため、詳細を知らないキュリオは要らぬ妄想ばかりでため息が口を突いて出そうになる。

「……ただの取り越し苦労だといいが……」

 そう言いながらも先ほどから浅い皺を刻むのはキュリオの眉間だ。
 一度はアオイの出生について、これ以上調べる必要はないと決断したものの……記憶という手掛かりを彼女自身が持ち合わせているとしたら、それをなかったことにして蓋をするのは彼女に嘘をつき続けることになるのでは……とキュリオは考えたのだ。

 本来ならばアオイのもとへ帰れることに胸を躍らせているはずの帰還。ひとの感情に敏感なアオイに悟られぬよう、平静を保とうとする心さえも見抜かれてしまいそうなほど、この時のキュリオは心乱れていた――。



 湯浴みを終え、柔らかな寝間着に身を包んだアオイは女官の優しい手に体を一定のリズムで撫でられながら静かに目を閉じていた。

「……」

(まだねむくない……)

 だが、大人たちの行動をよく観察しているアオイは自分が眠らなければ彼女を解放してあげられないことを知っているため固く瞼を閉じることに専念する。
 しばらくの後、女官の穏やかな声がアオイの耳を掠め撫でていた手と気配が遠ざかっていくのを感じて扉を出ていく音がした。

 薄く目を開いたアオイは人の気配のない室内に寂しさを感じながら上体を起こす。
 キュリオが隣にいる夜分に上体を起こすようなことをすれば、すぐにキュリオが顔を覗き込んで同じように上体を起こしてくれる。


『……眠れないかい?』

 まさか具合が悪いのかとアオイの額から熱を感じ取ろうとするキュリオの顔が近づいてくる。息がかかるほどに密着した体からは慣れ親しんだ優しい父親の体温がアオイに流れ込んでくる。気遣わしげな眼差しを向けられ、体調が悪いわけではないことを首を横に振って伝えると、安堵したような笑顔のキュリオは自分を抱きよせて優しい声で囁く。

『夜は長い。無理して眠ることはないさ』

 わずかに体を離したキュリオは体勢を整えると、アオイを抱きあげて静かにベッドを降りた。
 窓を覆う暗幕へ手を伸ばしたキュリオが月の光を誘う。
 月光に晒された美しく白い指先が輝いて見えたかと思うと、月を見上げていた彼の空色の瞳は比類なき美貌に縁取られて極上の輝きを宿しながらアオイへと視線を下ろす。

『眠れぬ夜もお前と視線を絡めて過ごせるのなら私は嬉しい』


 ふたりで見上げた月は日々満ち欠けを繰り返しながら安らぎの闇を連れてきてくれる。
 どんなに忙しく顔を合わせることが叶わない日でも、夜になればキュリオが傍に居てくれる。それだけでアオイの心は満たされた。

 ――光を遮るカーテンの向こう、そこにはふたりで見上げた月が今日も輝いている。

 そして今夜、アオイの傍に現れたのは――


「よっ! 久しぶりだなアオイ」


 闇に溶け込むような黒い髪に吸い込まれるような深紅の瞳、砕けた口調とその行動はキュリオよりも幾分幼さを感じさせる青年だった。
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