【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「……!」
ベッドの上でパッと輝いたアオイの笑顔。キュリオが不在時に現れる、この謎の青年はアオイにとって不思議な存在でありながら恩人なのである。
まだひとりで昇り降りのできないベッドも、腹ばいになりながらゆっくり足を下ろして床に降りることに成功すると、捲れあがった寝間着を直してバルコニーへ続くガラス戸の前まで急ぐ。
アオイが移動したのを見た彼もまたバルコニーを歩いてガラス戸の前に立った。
「……」
困ったように上方を見つめたアオイの視線の先には届きそうにないガラス戸のノブがあった。
左手でガラスに手をつき、背伸びしながら懸命に右手を伸ばすアオイ。室内のすべてのものは高身長のキュリオに合わせた設計のため、幼いアオイに届くはずもない。
『……』
外側からジッとその様子を見ていた青年はアオイと視線を合わせるようにしゃがむと、優しく問いかける。
『アオイ、これ以上はあいつに気づかれる。座って話そうぜ』
「……あい」
しょんぼりしたアオイも青年の言わんとしていることを理解し、大人しく手をおろす。
一枚のガラス越しに見つめ合ったふたり。以前は赤子だったアオイがこうして自分の手足で移動し、考えるまでに成長していることに青年は小さな喜びさえ感じていた。
『ちょっと見ない間にデカくなったな』
「?」
アオイが目を丸くするのも無理はない。キュリオも周りの人たちもそのような言葉使いをする者はいないため、何と言われているのかわからないのだ。
『成長したなって意味だ』
青年は手を伸ばしかけて……思いとどまる。見た目では何の変哲もないガラス戸でも、そこにはキュリオの厳重な結界が施されている。
「あいっ」
言葉を理解し、嬉しそうに笑うアオイはガラス越しに伸びてきた手に触れようとガラス戸に手の平を押し当てた。ペタペタとガラスを這うアオイの小さな手。それに触れることの叶わないもどかしさに青年は少し寂しそうに微笑んだ。
『最近はどうだ? お前を虐めるやつはいないか?』
月を見上げる様に腰を下ろした彼は、肩越しにアオイを振り向きながら言葉を告げる。
風に揺れた黒髪と、月の光に照らされた青年の横顔。悠久に存在しない深紅の瞳は見るものを震え上がらせるに十分な異質さを兼ね備えているが、アオイにとっては優しい眼差し以外の何者でもない。
うんうん、と首を縦に振るアオイの瞳に偽りはない。愛にあふれた柔らかな雰囲気はアオイがもつ特融のものなのか、溺れるほどの愛をキュリオに注がれているからなのかはわからない。
ただ、以前のようにアオイが虐げられることなく、健やかに過ごしていることに安堵した青年は次の記憶を巡らせた。
『この前はありがとな。お前のお陰で助かった』
マダラに受けた傷を引きずりながら辿り着いたこの場所で、キュリオに拘束された彼は手荒い治療を受けながらも危うく命を落とすところだったのだ。
そして創世の時代に民を大虐殺されたを恨みをもつ現悠久の王キュリオが、ヴァンパイアに激しい憎悪を抱いているのは無理もなく、その王が自身の懐に飛び込んできたとあらばみすみす生かしておく理由もない。
「んーん……あいがと」
彼はアオイが何について礼を言ってきたのかはわからない。
ただアオイはずっと伝えたかったのだ。赤子の頃、女神一族のウィスタリアに襲われた際、身を守る術をもたなかった自分を助けてくれた彼に――。
ベッドの上でパッと輝いたアオイの笑顔。キュリオが不在時に現れる、この謎の青年はアオイにとって不思議な存在でありながら恩人なのである。
まだひとりで昇り降りのできないベッドも、腹ばいになりながらゆっくり足を下ろして床に降りることに成功すると、捲れあがった寝間着を直してバルコニーへ続くガラス戸の前まで急ぐ。
アオイが移動したのを見た彼もまたバルコニーを歩いてガラス戸の前に立った。
「……」
困ったように上方を見つめたアオイの視線の先には届きそうにないガラス戸のノブがあった。
左手でガラスに手をつき、背伸びしながら懸命に右手を伸ばすアオイ。室内のすべてのものは高身長のキュリオに合わせた設計のため、幼いアオイに届くはずもない。
『……』
外側からジッとその様子を見ていた青年はアオイと視線を合わせるようにしゃがむと、優しく問いかける。
『アオイ、これ以上はあいつに気づかれる。座って話そうぜ』
「……あい」
しょんぼりしたアオイも青年の言わんとしていることを理解し、大人しく手をおろす。
一枚のガラス越しに見つめ合ったふたり。以前は赤子だったアオイがこうして自分の手足で移動し、考えるまでに成長していることに青年は小さな喜びさえ感じていた。
『ちょっと見ない間にデカくなったな』
「?」
アオイが目を丸くするのも無理はない。キュリオも周りの人たちもそのような言葉使いをする者はいないため、何と言われているのかわからないのだ。
『成長したなって意味だ』
青年は手を伸ばしかけて……思いとどまる。見た目では何の変哲もないガラス戸でも、そこにはキュリオの厳重な結界が施されている。
「あいっ」
言葉を理解し、嬉しそうに笑うアオイはガラス越しに伸びてきた手に触れようとガラス戸に手の平を押し当てた。ペタペタとガラスを這うアオイの小さな手。それに触れることの叶わないもどかしさに青年は少し寂しそうに微笑んだ。
『最近はどうだ? お前を虐めるやつはいないか?』
月を見上げる様に腰を下ろした彼は、肩越しにアオイを振り向きながら言葉を告げる。
風に揺れた黒髪と、月の光に照らされた青年の横顔。悠久に存在しない深紅の瞳は見るものを震え上がらせるに十分な異質さを兼ね備えているが、アオイにとっては優しい眼差し以外の何者でもない。
うんうん、と首を縦に振るアオイの瞳に偽りはない。愛にあふれた柔らかな雰囲気はアオイがもつ特融のものなのか、溺れるほどの愛をキュリオに注がれているからなのかはわからない。
ただ、以前のようにアオイが虐げられることなく、健やかに過ごしていることに安堵した青年は次の記憶を巡らせた。
『この前はありがとな。お前のお陰で助かった』
マダラに受けた傷を引きずりながら辿り着いたこの場所で、キュリオに拘束された彼は手荒い治療を受けながらも危うく命を落とすところだったのだ。
そして創世の時代に民を大虐殺されたを恨みをもつ現悠久の王キュリオが、ヴァンパイアに激しい憎悪を抱いているのは無理もなく、その王が自身の懐に飛び込んできたとあらばみすみす生かしておく理由もない。
「んーん……あいがと」
彼はアオイが何について礼を言ってきたのかはわからない。
ただアオイはずっと伝えたかったのだ。赤子の頃、女神一族のウィスタリアに襲われた際、身を守る術をもたなかった自分を助けてくれた彼に――。