【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「キュリオ、これを見て」

 ダルドお手製の栞だろうか? 薄く削られた水晶のように煌めく美しい短冊状のそれは、分厚い書物の表紙部分へ置かれていたが、ダルドが手を翳すと同時に輝きを纏って栞に記憶された場所がゆっくり開かれていく。ページを捲る古紙の奏でる音や匂いが遠い記憶を抱えた賢者のように低く威厳のある声かのように耳に届くとやがて――

「これは……」

 キュリオが息をのんだのがわかるほどにあたりは緊張感に包まれた。
 
「どこかで見たことがある言葉だと思っていたんだ」

 ダルドの指が一点を指し示したそこには『刀』という文字が力強く刻まれていた。

「……っ」

 しばらく沈黙し、古い文字に視線を走らせていたキュリオ。やがて、この書物に記した者の熱意がありありと感じるそれらの文字が示す一字一句に悠久の王は衝撃を受ける。

「人界、だと……?」

 ”古くは人界の小国において鋼造りの武器とされているそれらには生みの親たる刀匠あり――”
 読めば読むほどに悠久の木刀がここから影響されて作られたものであるかがわかる実に興味深い記述であったが、後半に行くにつれてキュリオの視線がゆっくり、そして何度も読み返すように同じ場所を行き来している場所がある。


”――神官の神具に刀ありて、災いを葬る――”


 瞬く間に一国を滅ぼす数人の神官の力は幾つもの歴戦に名を遺す形となって後世に伝わっているも、その神官はいつの時代も同一人物であると書かれている。

 そしてここで気になるのが……災いを葬ると記されているにも関わらず、国を滅ぼすと明記されていることだ。

(国自体が災いの元凶なのか、滅ぼされた国が神官の怒りに触れたのかは書かれていないか……)

 文字のひとつひとつを見落とさぬよう見つめるキュリオの瞳には書かれた文字よりもさらに書き手の記憶を手繰り寄せようと、その世界に身を投じるかのように深く入り込んでいく。

(登場している神官は複数に渡っている。ならば刀の神官以外にも書かれている場所が他にあるはずだ)

 疑問に思うことはそれだけではない。
 
(戦いが多い時代の人物であったにせよ、国を滅ぼすほどの大戦が人ひとりの命が天に召されるまでに何度も起きるとは考えにくい……)

 いくつもの戦いにて登場している神官がいつの時代も同じ人物であるという言葉からわかるのは、その神官らの異様なまでの命の長さだ。

(神官という名がつく者は神に仕える役職の者であると記憶しているが、彼らは神の意思に従っていたとでも言うのだろうか)

 違う世界の人間がどのような思想のもとに生きているかなどキュリオにはどうでもよいことだったが、アオイを知る手掛かりになるかもしれないとなれば些細な事も見過ごすことはできないのだ。

 手掛かりはいくつも転がっているにも関わらず、上辺だけを見せられている気がしてならないキュリオは、核心部分へと繋がる糸を手繰り寄せられぬまま時間だけが過ぎていく。

「ダルド、しばらくこの書物を私に預けてほしい」

 顔をあげたキュリオの眉間には深い皺が寄り、事の重大さを現しているのがわかる。そしてその言葉を予想していたダルドは深く頷き、次にアオイの目に映っていた人物について話しはじめた。

「キュリオ、アオイ姫の目に映っていた人物は、男だと思う」

「……、そうか……」

 誰も気づかないほどの一瞬、キュリオの呼吸が止まったのをこの人型聖獣だけは気づいてしまった。
 彼女にとって異性といえば父か兄弟、そして友人。もしくは恋人か夫……。最後のふたつではないことを祈りたいが、恐らくそれらの可能性を拭えないことへの苦しみがキュリオの変化となって表れてしまったのだろう。

(でも、アオイ姫の前の人生が女性だったとは限らない)

 ダルドとてキュリオと同じことを考えていた。だが”しろい花”と”かたな”という言葉、男の姿がアオイの前に出現し、彼女がそれらに強い思い入れがあるとしたら――

「……」

 いくつかの偶然が重なり、刀を持った男が生前の彼女に白い花を贈っていた情景がアオイの中で蘇った可能性が高い。
 無意識に唇を引き結び、視線を下げた先では悠久の王の膝の上で丸い瞳を瞬かせている幼い姫がいた。

「キュリオ、アオイ姫が言った刀が悠久のものである可能性は?」
 
「恐らくそれはあり得ないだろうな。この国に木製の片刃のものは存在しているが、それを我々は木刀と呼び、刀とは言わない。この書物に記された通りであれば鋼造りの片刃のものを刀と呼ぶのだろう」 

 幼い頃、剣術を習得するにあたり木刀を手にしたこともあるキュリオ。
 剣術なのになぜ片刃の木刀を用いるのかとやはり疑問を抱いたことがあったのを記憶している。

「いま思えば、このことが記された時代の鍛冶師と王が”刀”を気に入り、見様見真似で木製のものを造ったのではないかと私は推測している」

 実際の戦いで木刀を使うにはやはり向いていないため、見習い剣士の鍛錬用としてのみ木刀は用いられてきたのだろう。
 
「そうだね……」

 古い書物にも書かれている通り刀には生みの親である刀匠という者が存在しており、その永きに渡る道を極めた者のみが後世に残る名刀を生み出したとある。

(僕とは違う鍛冶師(スィデラス)の力を持つ人界の刀匠……いつか会える日はくるのだろうか)

 心の隅でダルドがそんなことを考えていると、広間の扉が開いて家臣のひとりが足早にキュリオのもとへやってきた。

「失礼致しますキュリオ様。間もなく到着されると報告が入りました」

「わかった。彼女らが到着したらアレスを向かわせる」

「畏まりました」

 一礼して下がっていく家臣を見送ったあと、ゆっくりした動作でアオイを胸に抱いて立ち上がったキュリオはアレスへ向き直ると、客人がやってきた際に頼みたいことがあると指示を出した。

「私の合図を見届けてから客人を広間へ通してくれ。アオイに気配を悟られぬよう、声も物音もなるべくたてないように頼む。
 私の指示を受けた者には、ここで何をすべきかは既に伝えてある。ターゲットはアオイであることを……いや、アオイの名は出す必要はない。私の傍にいる幼子だと言えばわかるだろう」

「か、かしこまりましたっ……」

 日付も変わったこのような夜更けにキュリオが遠い地より客人を呼び寄せるなど、よほどのことだとわかる。しかし、どのような人物がなんの目的のためにやってくるのかは聞かされていないためアレスはただ受け身の如く待つしかない。

(ガーラント様のように、キュリオ様の全信頼を得た経験豊富な魔術師でも来られるのだろうか?)

 キュリオの右腕とも言える大魔導師ガーラントは公務先に留まるという話だけは聞いていたため、彼に代わるそれなりの人物がやってくるのだろうとアレスは予想しているのだ。

(公務先からキュリオ様が御戻りになるほどの一大事に何が起こるのか……私はこの目で見届けたい)

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