アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
昔よりも随分と落ち着いた蒔田君の話し声を聞きながら、私は心の隅で常にミハイルを案じている。
彼はいつの間にか、私の生活そのものになっていた。
二階のリビングに入ってゆくとミハイルが携帯を持っていた。彼が携帯を手にしているところを見るのは初めてだった。
誰かと連絡を取っていたのだろうか。彼は私の気配に気がつくとさりげなく携帯をシャツの胸ポケットにしまった。
誰かと電話していたの。彼の態度からそれを問い質(ただ)す勇気もなく、私は店のランチをテーブルの上にのせた。
「おなかすいたでしょ。おそくなってごめんね」
蒔田君は他に客がないのでかなり長時間店で喋っていた。
愚痴と後悔とこれまでの生活と……。数年分の彼の話を聞いているうちに自分自身も時間を忘れていた。
「うん。
お客さん、一人だけ?」
私は顔をあげて彼を振り返った。
どうしてお客が一人だとわかったのだろう。
彼は私の表情から気持ちを読み取ったらしく、窓の外を指差した。
「足跡が一人分だけ残ってる」
彼の隣から窓を覗き込むと、確かに表通りの道には駅までまっすぐに歩いた足跡が通行人の分だけいくつも残っているが、その中で私の店のほうに逸(そ)れた足跡は一つだった。
「探偵になれそうだね」