アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
私は頷いた。
車を降りるとやはり冷たい風が吹いていたけれど、その風は昨日までの刺すような鋭さはなかった。
商店街の周りの地域では毎年流し雛の日が近くなると寒さが緩むと言われている。暦の上だけでなく、空気が春の暖かさを帯びてくるのだ。
「ああ、少し暖かいね」
ミハイルも風の柔らかさに気がついたようだった。
顔を上げて春の空気を感じる彼の淡い金色の髪が風に揺れた。
「ハルは少し待ってから車を降りて」
そう言って彼は先に車を降りた。
すると飛行機の前で待ち構えていた報道陣がカメラのシャッターを切った。
一斉に光ったフラッシュの眩しさに私は思わず目を細めた。
車に残る私でさえ眩しいと思うその光の中を、平気な様子で歩いていくミハイルは生まれついての王子様だった。
体に添うようにオーダーメイドで仕立てた葡萄色のジャケットがよく似合っている。
ときどき手を挙げてカメラに向かって微笑むその笑顔の優雅なこと。
言葉が出なくなるほど素敵だった。まるでおとぎ話の王子様が本の中から抜け出してきたようだ。
「すごいですね、効果てきめんだ」
井出さんが皮肉を含んだ口調でそう漏らした。
顔を上げて彼を見ると、彼は肩をすくめた。
「殿下自身で記者会見を行ったせいでしょう」
日本では今まであまりメディアの前に姿を現さなかったミハイルが先日記者会見をしたことで、カガンへの注目が一気に高まった。
ミハイルは美貌の若き王子だ。芸能人でもないのに容姿がいいとなると、その人の職業が政治家であれスポーツ選手であれ、とりあえず話題になるものだが、ミハイルもその例に漏れず、たった一度の記者会見であっという間にお茶の間の関心を集めてしまった。
今までさほどカガンのクーデターについて報道をしてこなかったニュース番組がこぞってクーデターの映像を連日放送し、悲惨な街の様子を報道したせいで、若くして両親を失った悲劇の王子への同情はさらに高まった。
また、ミハイルが記者会見で語った内容もかなり謙虚で日本人好みの内容だったためにミハイル個人への関心も高い。
今ではカガンのクーデターの映像よりもミハイルの数少ない写真や海外訪問時の映像のほうがたくさんテレビで紹介されている。
記者会見をしたことは、世間の関心をカガンに向け、クーデター軍に対する世間の圧力を強める狙いがあったのだろう……と井出さんは一人ごとのように呟いた。