アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)


ミハイルは報道陣にむかって短い言葉を投げかけてから、テレビで度々見かけるような有名な政治家たちと順番に握手をして短い挨拶と感謝の言葉を繰り返した。

やがてミハイルがSPに守られながらタラップを上って航空機の中に消えていくのを見届け、次に私も目立たないように車を降りた。

「気をつけて」
「はい、ありがとうございます」


私はそのまま井出さんと高坂さんに挨拶をして航空機に向かった。国に帰るミハイルの映像をとるために集まった報道陣は、航空機に乗り込んだミハイルのほうに向かってカメラを向けている。みなが美貌の王子に気をとられて誰も私に気付かない。

ミハイルが先に飛行機に乗り込んだのは理由があった。もし私がミハイルと一緒に行動すると「あの日本人は誰だ」という話になってしまうし、カメラにも映りこんでしまう。イリアスさんはそう言って私達が飛行機に乗り込む時間をずらしたのだ。

不思議なもので、ほんの少し時間をずらして飛行機に乗り込むだけで、私は誰の注意も引くことなく飛行機に乗り込む事ができた。
もし報道陣の誰かが私の姿に注目したとしても、紺の地味なスーツを着た私はきっと通訳みたいな立場の人に見えたに違いない。



「ハルカ」


機内に入った途端、ミハイルが私の体を抱きとめた。すぐに席につかずに入り口のところで私を待っていたらしい。

その様子を見ていたイリアスさんが少し困ったように私に笑いかけた。

「緊張した?」


彼の瞳にはまだ不安の影が揺らいでいる。彼は口には出さないけれど、ここのところずっと私の決心を疑うように私の表情を探っている。

「うん、大丈夫」

ミハイルのために用意された航空機はプライベートジェットと呼ばれるもので、私が見たことのある飛行機よりも随分とコンパクトだ。
そして、中のスペースはかなり贅沢に使われている。

まず座席の位置が普通のように進行方向に向かって配置されておらず、普通のリビングのように、機内のの両脇に向かい合う形で真っ白な革張りのソファが配置されている。
テーブルもホテルなどで使われているガラステーブルが置かれていて、テーブルの中央には梅を使ったアレンジメントが置かれていた。わざわざ和を感じさせる花を選んだのは日本人である私への配慮なのだろうか。
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