アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「何か面白いものがあった?」
ミハイルが私の背後から窓の脇に手をおいて私の頭越しに窓をのぞきこんだ。
彼ははじめてカガンへと向かう私に随分と気を使っている。
「私、飛行機に乗るのは初めて」
「そう。……怖い?」
「うん、少し緊張してる。こんな大きな鉄の塊が本当に空を飛ぶのか、不安になってきた」
ミハイルはふふっ、と笑った。
「鉄の塊が飛ぶと考えたら僕だって怖くなるよ。
実際は航空機のほとんどの部分は鉄じゃなくてアルミニウム合金と炭素繊維強化プラスチックでできてるんだ。鉄よりも随分軽い」
「え、そうなの」
アルミニウムか。一円玉の材料になっている軽い金属だ。アルミニウムなら鉄よりもよく空を飛ぶかもしれない。
「心配しないで」
優しいミハイル。
本当に国に帰って大変なのは、ついていく私ではなくてミハイル自身だ。それなのに、彼は私が不安に押しつぶされて気持ちを変えることばかり案じている。
私は彼に微笑み返して彼の手をぎゅっと握った。
安心して。私はあなたをあなた以上に想っている。そういう気持ちをこめて。
私の気持ちは伝わったのだろうか。ミハイルがそっと私の手を握り返した。
彼の瞳にずっと揺らいでいた切なげな不安が次第に落ち着いて優しいものへと変わっていった。
「殿下、そろそろ離陸準備が始まります」
イリアスさんがミハイルと私が腰掛けている広いソファの脇に立った。
「ああ。わかった。ハル、バッグを」
「殿下、私が」
イリアスさんが私のバッグに手を伸ばしたが、ミハイルはそれを手で制した。
「いいんだ、国に帰ったらもうこういうことはしてあげられなくなるから」
ミハイルは私の小さなバッグをとって荷物入れに私のバッグを入れた。
イリアスさんはやはり少し困ったような顔をして、ちらりと私を見た。
私は恥ずかしくなってうつむいた。一国の王子がこんな状態ではいけないのだろう。いや、王子ではない。ミハイルは王位継承権第一位の王子。そして彼の父である国王はクーデター軍に殺されてしまった。
正式に王となったわけではないとはいえ、ミハイルはもうすでに事実上カガンの国王なのだ。その国王があからさまに人前で一人の女性に好意を示して、それを恥じない今の状況は決していい状態とはいえない。
私もカガンの軍人たちが何人もいる中で特別扱いをされるのは人目が気になってしかたがなかった。