アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「ハル、シートベルトをつけて」
私は小さな声でミハイルに囁いた。
「トイレにいってきてもいい?緊張してきちゃった……」
「いいよ、少しくらい出発が遅れても乗客は僕たちだけだから。
……でも、大丈夫?なんだか顔色が悪いような気がする」
ミハイルは私の前髪が汗で額に張り付いているのに気がついたらしく、指先で私の汗を拭った。
「うん、大丈夫。ごめんね。座って待ってて」
「私がご案内いたします」
イリアスさんが私をトイレの方向に導いた。
「こちらです」
イリアスさんが私の肩に手を回した瞬間、私は一瞬ミハイルの後ろ姿を振り返った。
艶やかな葡萄色のジャケットを着た彼の後ろ姿はすらりとしていた。
私は彼が初めて店に来たときに連想したしなやかな若竹をまた連想した。
写真にとっておきたいほどきれいだ。
ミハイル。私の王子様。
「足元にお気をつけて。
……あなたのお気持ち、いつか殿下もわかってくださいます」
イリアスさんが私の耳元に低く囁き、そっと私の背中を押した。
それが、あらかじめ決めておいた合図だった。