デジタルな君にアナログな刻を
色違いのマグを手に店長も隣に座る。三人掛けのソファーだから、真ん中にひとり分の隙間ができた。

「夜に女の子があんな場所にひとりでいたら危ないんだよ、わかってる?」

「でも、表には人通りもありますし」

駅前には交番だってある。だけど店長はわたしの反論を認めようとはせずに、コーヒーの入ったマグをガラスのローテーブルに置き渋面を作る。腰を捻り少し斜めにした身体をこちらへ向けた。

「それに身体でも壊したらどうする?まさか風邪ぐらいじゃ死なない、とか言わないよね」

咎めるような視線から逃れるため、マグカップから口を離さずホットミルクを飲み続ける。ほんのりと甘いそれには胃から、足元はヒーターと床暖に温められて、すっかり寒さは遠のいていた。
カップを置き、邪魔になった毛布を剥ごうとすると、

「ダメ。そのままでいて」

「いや、もう十分暖かいです」

「いいから」

再び海苔巻きに戻される。どうみても不機嫌な彼との間に流れる沈黙が気まずい。
さっさと本題を切り出せばいいのだろうけど……。

「ここって賃貸ですか」

つい関係ない、でも気になる話題をふってしまった。
都心から離れた郊外とはいえ、市内では駅前の一等地。来春には交通の便も格段によくなることから、このご時世でも家賃相場は上昇していると、奈々美さんから聞いたことがある。

「持ち家……になるのかな。特に家賃は払ってない」

曖昧な答えがさらなる疑問を呼ぶ。

「この階のもうひとつの部屋も、店長のおうちのものなんですか?」

「ああ。冠婚葬祭、なにかと呼び出しを食らうことの多い人たちだから、こっちにも家があった方が面倒じゃないんだ」

「それだけのために?この部屋でも十分……」

な広さがある。そう続けたかったのにできなかったのは、店長がひとり分空いていた間を詰めてきたから。

「円ちゃんは、アリスじゃなくて赤ずきんだったのかな?僕としては、それでも構わないけど」

本能的に毛布をかき合わせ、ソファーの上で腰を引く。アリスでも赤ずきんちゃんでもありません。
そんなわたしを細めた眼で見た店長は、マンションにしては高い天井を仰いで肩で大きく息を吐く。

「次は僕からの質問。どうして店を辞めたいの?」

戻された顔は切なげに眉を寄せていた。

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