デジタルな君にアナログな刻を
「もしかして、立河さんの事務所に誘われた?確かにあっちの方が給料もいいだろうし、やり甲斐もあるかもしれないけど」

以前のわたしだったら、きっと魅力的な誘いにのっていたと思う。だけど、ふるふると首を振って否定する。ようやく固まった自分の気持ちを伝えるために、ギュッと毛布の縁を両手で握りしめた。

「実は時計の学校に通いたいんです」

「学校って。え、なんで?」

まったくの想定外だったのか、店長はずいっと身を乗り出してくる。近い、近い!
覗き込んでくる顔から眦が熱くなった眼を逸らし、この数日間で考えてきたことを話した。

「調べてみたら、2年とか3年とかのみっちりしたコースはやっぱり学費が高くて。でも、働きながら通えるコースならなんとかなりそうで」

「……だったら、辞める必要はないんじゃ」

店長は少しだけほっとしたように身を退いて、ソファーの背にもたれかかる。

「ただ、授業が平日の夜なんです。それに家から通うにはちょっと遠くて時間がかかるので、仕事が終わってからだと間に合いそうもなくて。だからバイトをしながら、通おうかと思っているんです」

学費ももちろんだけど、今までどおり家にも入れたい。そうなると、通学しながら薗部時計店に勤めるのは難しいと思ったがゆえの決断だった。

「今のままだと、わたしには電池交換もベルト交換もできません。だけど勉強して資格も取れたら、薗部時計店でももっといろいろなことが引き受けられるんじゃないかと」

店長がいなくても引き受けを断らなくて済む。将来的には、オーバーホールなども請け負えるようにもなりたい。

「だから。無事卒業してちゃんと仕事ができるようになったら、もう一度雇ってもらえますか?」

一世一代の告白のつもりだった。これで断られたら、どっちみちあの店にはいられないのだから。

「どうしてそこまで。円ちゃん、そんなに時計に興味があったの?」

こてっと、心の中の自分がコケた。気にするところ、そこですか?
気力を立て直して、再チャレンジ!大きく深呼吸して、彼を見据えた。

「お店の……店長の役に立ちたいから」

さすがにこれは通じるだろう。それなのに店長は眉尻を下げて困惑顔をする。

「今でも円ちゃんは十分働いてくれているよ?それとも、掃除とかイヤになっちゃった?」

「そうじゃなくてっ!」

店長の斜め上に向かっていく答え。堪らず隣にあった彼の右腕を両手で掴んでいた。

「どうしてはぐらかすんです?迷惑なら、ハッキリ言ってください」

すがるように返答を迫ると、袖口から包帯が覗く左手が、肩に引っかかっていた毛布をパサッと落とす。ほんの少しだけ顔をしかめながら伸ばした店長の左腕に、わたしの腰は引き寄せられた。

「あのさ、迷惑なはずないでしょ?だって僕の気持ちは最初に伝えてあるんだから」

「最初、って?」

「うん。僕のところへおいで、って」

「それ……っ!?」

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