デジタルな君にアナログな刻を
目を瞑る暇もなく唇が塞がれる。その上、間を置かず、驚きで半開きのままだったそれの隙間を、コーヒーの苦い味がする熱く湿ったものが割って入ってきて、反射的に彼の胸を押し返す。

「ちょっと、待ってくださいっ」

「悪いけど、無理。ちゃんと忠告はしたはずだよ、男の部屋に上がっちゃダメって」

肘掛けまで追い詰められ、店長は痛むはずの左腕を使ってわたしを閉じ込めた。

「プロポーズまでした人にあんな瞳で見つめられて我慢できるほど、まだ人間ができてないんだよね」

「プロ、ポーズ。やっぱりあれって、そうだったんですか!?」

「いっ!」

がばっと身を起こした拍子に、わたしの腕が店長の左手首を直撃したらしい。腕を押さえて苦悶の表情を浮かべる。

「すみません、大丈夫……じゃないですよね」

こういう場合は冷やした方が痛みが引くのだろうか。おろおろとするわたしを、店長は右手を上げて制した。

「平気だから。こっちこそ、学習能力がなくてごめん」

大きく息を吐いて座り直す。眉間にはまだ、辛そうにシワが寄っていた。

「でもね。毎日、目の前でネクタイを締めてくれる円ちゃんを抱き締めそうになるのを堪えるの、結構大変なんだよ」

店長の顔がへにゃりと歪む。途端に顔から火が噴いたのかと思うほど熱くなった。

「なんですか、それ」

照れを隠して頬を膨らますと、彼はイタズラが成功した子どもみたいに満足そうな笑顔を作る。

「これでも、一応サラリーマンをやってたんだ。ネクタイくらいは人並みに結べる」

「でも、いつも結び目が緩くて……」

鎖骨が見え隠れしている彼の首元に目を向けた。ワイシャツ姿以外で見るのは、いつもVネックばかりだと気づく。

「あんまり得意じゃないんだよね、首元が苦しいの。つい緩めてしまう」

苦笑しつつ襟に人差し指をかけ、引っ張って隙間を空ける。じゃあ、わたしは意図的にしているのを直して、彼はそれを元に戻していたということ?

「気づかなかった?わざとへたくそに結んで密かに新婚気分を楽しんでたけど」

唖然として言葉もないわたしの横で、不意に真剣な表情になる。

「だからこうそくクンの時は死ぬかと思ったよ。できればもうやりたくないな」

頭をすっぽり覆う被り物に加えてあのエリザベスカラー。

「確かにあれは、いろいろな意味でキツいかも」

しみじみと同調してしまってからハッとする。今しているのは、そんな話ではない。
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