デジタルな君にアナログな刻を
「その後はこの前話したけど、僕もまあそれなりにいろいろあって、前の仕事を辞めることになっちゃって。今考えると、もっと上手く対処するべきだったんだろうけど、あの頃はよっぽど余裕がなかったんだろうね。自分の中にイエスかノーの二択しか持ってなくて、ずいぶん子どもじみた意地を張ってしまった」

「でも、店長はなにも悪いことをしていないはずです」

後悔の念がこもる声色につい口が滑ってしまった。怪訝に顔をしかめた店長が口元に手を当てる。

「立河さんに聞いたの?」

いまさら言い逃れはできそうもない。コクンと頷き白状した。

「税理士だったことと、職場を辞めた理由を聞きました」

苦虫を百万匹くらい噛み潰したような顔をして、店長は髪の毛の中に右手を突っ込みがしがしとかき混ぜる。しばらく立河さんに向けて罵詈雑言を呟いてきたけれど、不意に手はそのまま、俯けた顔から上目遣いで訊いてきた。

「……ガキみたいでがっかりしたでしょ?」

うわっ!両手で緩む口元を隠す。十歳も年上の男の人を可愛いだなんて、やっぱり失礼だよね。

「そんなことありません。悪いことを悪いって言える人は立派な大人です。……カッコいいと思いました」

もごもごと掌の下でくぐもった声はちゃんと届いただろうか。どんどん熱くなってくる顔を、いっそ全部手で覆ってしまおうかと思ったその瞬間、ギュッと店長の腕の中に閉じ込められた。

「ちょっ!手は大丈夫なんですか?」

「痛みなんて吹き飛ぶようなこと、円ちゃんが言ってくれたから大丈夫」

それじゃあ、やっぱり痛いんじゃない。そう思ったけれど、彼の体温と規則正しい鼓動が心地好くって、こてんと肩におでこをくっつけた。

「あの日。外にいるのがあの女の子だとわかってびっくりした。まだあの頃と同じような眼で時計を見ているのを知って、教えてあげようと思ったんだ」

なにを?顔を上げようとしても、わたしの頭を押さえているのが左手だったので諦め、軽く首を傾けるだけに止める。すると、店長はくすぐったそうに少し肩を揺らした。

「一時間は60分しかないけど、一日は24時間、1440分、86400秒もあると思えばそれほど短いものじゃない。どこかで多く使ってしまったら、ほかで帳尻を合わせればいい」

「そんな適当な……」

「うん。適当なものに適当な時間を配分する。それでいいんじゃないのかな。時間に縛られるのじゃなく、こちらが管理していけばいい」

無茶苦茶なようでいて店長らしい考えに、くすりと笑ってしまう。やっぱりこの人はテキトーなんじゃないかって。

「時間の感覚なんて人それぞれ、ケースバイケース。それなのに自分のペースを押しつけられると調子が狂う。だけどね、円ちゃんの時計の電池を交換した時は違ってたんだ」

今は腕にないあの時計を思い浮かべる。あれの時間が遅れていなければ、わたしはきっと薗部時計店を訪れることはなかったはずだ。
これはちょっとずつ、時間の歯車がずれた末に生まれた出会いだったのかもしれない。
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