デジタルな君にアナログな刻を
「職人技を間近で見てきたコンプレックスか、自分の作業を見られるのが苦手で。それなのに待っていられると、お客さんが無意識でも、急かされている気になるんだよね。それで余計焦って時間がかかってしまったりする」

ああ、よくある!カウンターの天板を指先で叩いて鳴らされ、その音で緊張してしまうってこと。

「でもあの時、円ちゃんからはそれがぜんぜん感じられなかった」

「ああ、それはたぶん……」

理由がふたつ頭に浮かぶ。ひとつは、時計の電池交換なんかしたことがなかったから、店長に告げられた作業時間が普通だと思っていたためで。もうひとつのわけは――。
彼は「なに?」とわたしの肩をやんわりと押して身体から離し、不安げに首を傾ける。

「店長の作業している姿に見とれていたからです」

にっこりと、キッパリと言い切ってから、なにを口走っているのかと自覚して湯気が上りそうに熱い顔を隠そうとしたけれど、それよりも目の前の店長の顔が茹でダコみたいに赤くなっているのに気づいてまじまじと観察してしまった。

彼は恥ずかしげに顔を隠そうと左手を上げかけ、慌てて右に替える。大きな手で半分が覆われても、残った部分でその表情は丸わかり。
ついさっき、キスしてきたり抱き締めたり、そんなことをした人と同じだとは思えない。

「でも、ここに勤めてからはけっこう店長のペースを乱すようなことを言ってましたよね?」

もっと早く出勤しろとか、営業時間を増やせとか。作業もこっそり盗み見してました。自分の生意気な言動をあらためて思い返すと冷や汗が流れる思いがして、自然と頭が下がっていく。それが自分の意思とは無関係に上を向いた。

「うん。だけど不思議なことに、円ちゃんは平気なんだよね。だからこれが祖父さんがいうところの『フィーリングが合う』ってことなんだと思う。きっと僕と円ちゃんの『時間の波長』が一緒なんだ、って言ったら、イヤ?」

頬を支えられたまま首を振る。それは、まさしくわたしが彼に感じていた想いだから。

「きっと、こんなふうに想える人はほかに現れない。そう思ったら、自然とあんなことを言っていた。就職先を探しているくらいなら、僕のところへくればいいのにって」

へにゃっとなった彼の顔が優しすぎて。もう、名前も知らなかったのにとか、直感に頼りすぎとか、細かいことなんかどうでもよくなってきた。

「……やっぱり、いい加減なんですね」

強がって言ってみても、顔が緩みっぱなしなのは、触れている右手から伝わっているにちがいない。

「じゃあ、仕切り直していい?もう余裕のある大人ぶる必要はないよね」

先ほどとは打って変わり、イブの夜みたいにスローモーションで近づいてくる彼の顔。今度こそ、ちゃんと……。

「あっ、やっぱり待ってください!!」

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