デジタルな君にアナログな刻を
むぎゅっと、わたしの掌が店長のキスを受け止めた。離れていった顔が、不機嫌と困惑を露わにしている。

「この期に及んで、まだなにか質問が?赤ずきんちゃん」

お腹をすかせたオオカミにギロリと睨まれ、恐る恐る挙手をした。

「はい。すみませんが、少しお金を貸してください。コンビニに行きたいです」

ますます困惑を深める彼。

「こんな時間になに?……って、え?」

なにを想像したのかしらないけれど、「欲しいものは言え」と教えてくれたのは、彼のお祖父さんだ。

「歯磨きセットとガムを買ってきます。申し訳ありませんが、歯を磨くまで待っててください」

「あ、なんだ。そう。ってなんで今!?これからキスするからって、普通はいちいち歯を磨かないよ。ドラマの撮影じゃないんだし」

目を白黒させて忙しい彼に、恥ずかしながら理由を説明する。

「まあ、それはそうかもしれませんが。でも、ほら。初めてくらいは爽やかなイメージが欲しいな、と……」

ゴニョゴニョ語尾をごまかす。正確には二回目になってしまうけれど、ファーストキスはコーヒーとミルクの混ざったカフェオレ味より、ミント味の方が思い出としてよくありませんか?

「はじ、めて、だったの?キスも?」

ぶんぶんと勢いよく首を縦に動かし肯定すると、店長は脱力したように床暖の入っていない冷たい床に座り込んだ。頭を抱えたまま、目だけを上に向けて訊いてくる。

「だって。元彼とは?大学の時とかも?」

「高校生の分際でひと月にも満たない交際期間では、そんなところまでは進めません。彼氏と呼べる人がいたのはその時だけです」

胸を張って清廉潔白を唱えると、店長はすでに乱れ気味だった髪をさらにくしゃくしゃにして正座する。

「ホント、ごめん。この前は拒まれたと思っていたから嬉しくて、円ちゃんのペースも考えないで焦りすぎた。やっぱりまだまだガキだね……」

こっちが申し訳なくなるくらい、しょぼんと項垂れ肩を落とした。

……そうじゃない。

「違うんです!どうしたらいいのかわからなかくて、混乱しただけで」

店長の前に膝立ちになると、普段は見ることのないつむじが見えて新鮮だった。ぼさぼさになってしまった髪を指で梳く。想像通り、柔らかくって気持ちいい。
ちゃんと店長の顔が見たくって。長い前髪を手ぐしで後ろに流せば、心許なげに揺れる瞳が現れた。

「わたしの方こそ、変なことを言いだしてごめんなさい。さっきのも、イヤじゃなかったです。ちょっとびっくりはしたけど」

両手を彼の頬に添えると、店長は驚いたように目を見開く。

「実はわたし、イブからずっと欲しいものがあったんです。今、もらってもいいですか」

目測を誤らないよう軽く瞼を閉じ、ゆっくり身体を前に倒していく。途中からは、後頭部に伸びてきた彼の右腕が目的の場所へと誘導してくれて――。


結論。カフェオレ味のキスも悪くない。

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