デジタルな君にアナログな刻を
太陽が姿を見せ始めた東の空は、藍色から橙色のグラデーションが綺麗だ。キンと冷えた朝の空気も、のぼせ上がったわたしにはちょうどいいように感じる。
朝早くから駅に向かう人やウォーキングをしている人たちを横目に、フル充電された自転車は軽快に進んだ。

駐輪場の隙間に置いた自転車にはしっかりロックをかけ、団地の階段を一歩ずつ上る。ただいまの時刻、午前6時41分。いつもなら母はとっくに起きている時間だ。
静かに玄関のノブを回してみる。……ガッと、鍵が引っかかった。ドアの前でインターフォンを押そうか悩んでいると、内側から解錠される音がして扉が開く。

「おはよう。おかえりなさい」

「……ただいま。おはよう」

まだパジャマ姿の母と気まずい挨拶を交わした。

「朝ご飯は?直ちゃんちで食べてきたの?」

「え?」

直子(なおこ)というのは、近所に住む幼稚園以来の親友だ。都内のデパートに勤める彼女は最近忙しくて、あまり会えていない。なぜ、その彼女の名前が?

「昨日の夜、帰ってきた充とケンカして、直ちゃんちに行ったんじゃないの?」

途端、疑惑の視線を向けてきた母。

「あ、そうなの。うん。……充がそう言ったの?」

なんか、すごい借りを作ってしまった気がする。まだわたしへの疑いを解かない母は、顔を曇らせていた。

「ご飯!シャワー浴びてから食べるね。今日、年内の最終営業日だから少し早く行かなくっちゃいけないの」

忙しさを装ってなにか訊きたそうな母を振り切り、お風呂場へ駆け込む。少し眠気の残る身体を熱いシャワーで目覚めさせ、大急ぎで身支度を調えた。

お風呂から上がると、いつもは自分で用意しなければならないトーストや目玉焼き、コーヒーなどが並んでいる。その上にお弁当まであって、ありがたさと罪悪感で胸が一杯になった。

入浴のため一度外した腕時計を着けようとする手が止まる。デジタル式のゴツい時計を置いて、引き出しにしまい込んでいた、あのアナログ時計を腕に巻いた。

午前8時。険悪な雰囲気から逃れるように、出勤の準備を終え玄関に向かう。不機嫌さを漂わせながらもなにも問い質そうとしない母が、見送りに出てきた。

「いってらっしゃい。気をつけてね。それから……」

ちょっと言い淀んでから、真っ直ぐに見据えられる。

「円はもう十分大人だと思ってる。だから、うるさいことは言いたくないけど……」

「お母さん」

わたしも真っ直ぐに母の瞳を見返した。大人と認めてもらったのだから、大人の対応をしなければならない。

「帰ってきたら、わたしの話を聞いてもらえる?ちゃんと言っておきたいの。自分のことに責任を持ちたいから」

すると、やっと今日初めて母の眦が下がる。

「わかったわ。しっかりお仕事してきてね。いってらしゃい」

ポンと背中を押され、わたしの後ろで扉が静かに閉じられた。
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