デジタルな君にアナログな刻を

イチゴ一会

◇ イチゴ一会 ◇

くりくりの丸い瞳が忙しなく動き、メニューの上を行き来する。

「いっそのこと、両方食べればいいんじゃない?」

『季節限定!苺づくしのプリンセスパフェ』と『一日5食限定!ベルギー産高級チョコ使用ほろ苦ふんわりチョコムース』の上でさまよっていた彼女の目が、険しさを増してこちらに向けられた。

「それは無理です。今月は奈々美さんとランチに行きすぎてギリギリなんですから」

「これくらいおごるよ?」

両方のスイーツとふたり分のお茶代を合わせても五千円に満たない。今日一日、デートという楽しい時間を過ごさせてくれたお礼としては安いくらいだ。

「それもダメ。ただでさえ、いっつも食材とかのお金を出してもらっているんです。自分の分くらい自分で払います」

「それは僕の食事を作ってくれているんだから当たり前。じゃあ、いつも美味しいご飯を作ってくれるお礼ならどう?」

なぜか僕の彼女はおごられるのを嫌がる。これでも一応、年齢も収入もずっと上なのだけれど……。

僕の提案とスイーツの写真がその信念を揺さぶったのか、一度は店員を呼ぶボタンに手をかけた。だけど、なにかと戦うようにいやいやと頭を振ってから、再びメニューと睨めっこを始めてしまう。

やっと決めた彼女がボタンを押すと、程なくして若い女の子の店員が注文を取りにやってきた。

「ブレンドをホットで。円ちゃんは?」

「ダージリンをわたしもストレートのホットで。それと、このチョコムースはまだありますか?」

店員が頷くと、ほっと嬉しそうな顔を見せる。注文を確認しようとする店員へ、

「それから、苺のプリンセスパフェもひとつお願いします」

と恥ずかしすぎる商品名を平然と言ってのけた僕に、二組の女子の視線が突き刺さる。三十路男がスイーツを注文するのはそんなにおかしなことなのか?
「お願いします」とにっこり微笑みを添えて言い重ねると、店員は顔を赤らめ我に返り「かしこまりました」と下がっていった。

僕の意図を察した彼女が、テーブルの向こうから上目遣いで睨んでいる。

「わたし、そんなに食べられません。もったいないです」

「誰も、円ちゃんにあげるなんて言ってないよ。僕が食べたかっただけ」

そう説いたところで、ぷくりと膨らんだ頬は戻らない。テーブルの上に両肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せた。僕に真正面から見据えられた円ちゃんはキュッと顎を引く。

「円ちゃん。今日食べておかないと後悔するかも知れないよ?」

「そんな大袈裟な。また食べにくればいいじゃないですか」

たしかにここは、自分たちが住んでいる市から電車を使えば30分もかからない場所にある。来ようと思えば、いつでも来られる距離だ。

「だけど、明日にはなくなっちゃうメニューかもしれないでしょう」

「でも、たしか毎年この季節は……」

「去年もあったからって、来年もあるとは限らない。現にこの店、前にあったクリームソーダがなくなってるし」

瞼にバニラアイスの白とサクランボの赤、そしてシュワシュワと気泡を作る緑色の液体と、それを旨そうに飲むアラフォー男子が浮かぶ。

「ここに来たことあるんですか?」

ちょっとだけ不審を滲ませた口調が愛おしい。この、見るからに女の子が好きそうなカフェに、いったいどこの誰と来たのかが気になる?

わざとたっぷり溜めてから教えてあげた。

「うん。――立河さんと、ね」

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