デジタルな君にアナログな刻を
「でも、他人の金に振り回される方が、よっぽど疲れますね」
税理士事務所を辞めるきっかけとなった事案を思い出して、さっきよりも深いため息が出る。詳しい事情を知っている先輩税理士である立河さんも、思わず苦笑いだ。
仮に百歩どころか一万歩譲って、お気に入りのホステスさんがいるクラブに接待でもないのに通った分を経費で落とせ、というのはまだわかる。いや、よくないけど。
だけど、彼女に貢いだプレゼント代やら都内マンションの家賃やらまでもなんて、どうひっくり返しても理解不能。しかも彼女、せっかく贈られたショパールの時計を質屋に売ってしまったらしい。ホント、信じられない。
その上、この件のやり取りで奥さんに浮気がバレた、責任を取れといわれても、いったいどうしろと?
もう、すべてにおいて面倒臭くなった。
「まあ、あれはある意味特殊なケースだったからな。じゃあ、もう完全にこっちに戻る気はないんだ」
「はい。初心に戻って、店の経理をやりつつ、ごちゃごちゃになってきた不動産関係の管理を引き受けるつもりです。どうせ父は丸投げでしょうから」
ずっと担当していた母親が、自分にも定年が欲しいと言いだしたこともある。
「ああ、ビルと立体駐車場だっけ?新しく造るの」
「ビルの方は施工から管理まですべて本家の管轄ですし、あそこはもうウチの土地じゃないですけど」
「テナントと自宅を確保してあるんだろ?十分じゃないか」
「ギリギリですよ。いろいろと」
お金のプロである立河さん相手に完全なごまかしは効かないだろうが、薗部家の懐具合を丸裸にされるのもいかがなものか。この件は適当に切り上げたいところ。
それなのに、彼が今日自分を呼び出した本題は、正にそこにあったらしい。ズズっと音を立てて底に残っていたメロンソーダを吸いきると、グイッと身を乗り出してきた。
「ところでさ。そのテナント、ひとつ俺に貸してくれないか?」
「え、なんでです?」
「実は近々、あの事務所から独立しようと思っている」
納得。立河さんなら、年齢的にも能力的にもまったく問題がない。
「たぶん、まだ埋まっていないはずだから大丈夫だと思いますけど。いいんですか、あんな田舎で」
今勤めている事務所があるこの駅より、ウチの方は会社も人口も少ない。税理士のライバルも少ないだろうけれど……。
「あの駅周辺は再開発中だろう?今から唾を付けておけば、絶対に有利だと思う。地価も需要も上がるはずだ。というわけだから、知り合い価格でよろしく」
両手を合わせて、ちゃっかり頼み込んできた。
「まあ、要相談で」
こちらだって、一家の生活がかかっている。いくら世話になった先輩だからと、無理難題を聞き入れるわけにはいかない。
「相談ついでに、俺のところで働く気にはならない?絶賛求人中」
「……さっきの話、聞いてましたよね」
苦虫を百万匹噛み潰したような顔で返す。地元で他人様の金に関わる仕事なんか、絶対にしたくない。
「そうか。まあ、働きたくなったら声かけてくれ。俺はいつでもウェルカムだから」
「一生ありません」
素気なく答えると、立河さんは大袈裟に肩を竦めてみせた。それから、ふと気がついたように声を潜める。
「そういえば、同期の近藤さんとはどうなってんだ?彼女、先週末に「弁護士と合コンだ!」って張り切ってたけど」
「……別れました。というか、フラれました。零細の時計屋とは結婚できないそうです」
「マジか。でも不動産収入のことを言えば、あの子も……」
あからさまに気まずそうな顔をされ、苦い思いと一緒に冷めたコーヒーを飲み干す。
「今はまだ僕の持ち物というわけじゃないですし」
それで彼女の気持ちを引き止めるのは、なにかが違うと思った。
税理士事務所を辞めるきっかけとなった事案を思い出して、さっきよりも深いため息が出る。詳しい事情を知っている先輩税理士である立河さんも、思わず苦笑いだ。
仮に百歩どころか一万歩譲って、お気に入りのホステスさんがいるクラブに接待でもないのに通った分を経費で落とせ、というのはまだわかる。いや、よくないけど。
だけど、彼女に貢いだプレゼント代やら都内マンションの家賃やらまでもなんて、どうひっくり返しても理解不能。しかも彼女、せっかく贈られたショパールの時計を質屋に売ってしまったらしい。ホント、信じられない。
その上、この件のやり取りで奥さんに浮気がバレた、責任を取れといわれても、いったいどうしろと?
もう、すべてにおいて面倒臭くなった。
「まあ、あれはある意味特殊なケースだったからな。じゃあ、もう完全にこっちに戻る気はないんだ」
「はい。初心に戻って、店の経理をやりつつ、ごちゃごちゃになってきた不動産関係の管理を引き受けるつもりです。どうせ父は丸投げでしょうから」
ずっと担当していた母親が、自分にも定年が欲しいと言いだしたこともある。
「ああ、ビルと立体駐車場だっけ?新しく造るの」
「ビルの方は施工から管理まですべて本家の管轄ですし、あそこはもうウチの土地じゃないですけど」
「テナントと自宅を確保してあるんだろ?十分じゃないか」
「ギリギリですよ。いろいろと」
お金のプロである立河さん相手に完全なごまかしは効かないだろうが、薗部家の懐具合を丸裸にされるのもいかがなものか。この件は適当に切り上げたいところ。
それなのに、彼が今日自分を呼び出した本題は、正にそこにあったらしい。ズズっと音を立てて底に残っていたメロンソーダを吸いきると、グイッと身を乗り出してきた。
「ところでさ。そのテナント、ひとつ俺に貸してくれないか?」
「え、なんでです?」
「実は近々、あの事務所から独立しようと思っている」
納得。立河さんなら、年齢的にも能力的にもまったく問題がない。
「たぶん、まだ埋まっていないはずだから大丈夫だと思いますけど。いいんですか、あんな田舎で」
今勤めている事務所があるこの駅より、ウチの方は会社も人口も少ない。税理士のライバルも少ないだろうけれど……。
「あの駅周辺は再開発中だろう?今から唾を付けておけば、絶対に有利だと思う。地価も需要も上がるはずだ。というわけだから、知り合い価格でよろしく」
両手を合わせて、ちゃっかり頼み込んできた。
「まあ、要相談で」
こちらだって、一家の生活がかかっている。いくら世話になった先輩だからと、無理難題を聞き入れるわけにはいかない。
「相談ついでに、俺のところで働く気にはならない?絶賛求人中」
「……さっきの話、聞いてましたよね」
苦虫を百万匹噛み潰したような顔で返す。地元で他人様の金に関わる仕事なんか、絶対にしたくない。
「そうか。まあ、働きたくなったら声かけてくれ。俺はいつでもウェルカムだから」
「一生ありません」
素気なく答えると、立河さんは大袈裟に肩を竦めてみせた。それから、ふと気がついたように声を潜める。
「そういえば、同期の近藤さんとはどうなってんだ?彼女、先週末に「弁護士と合コンだ!」って張り切ってたけど」
「……別れました。というか、フラれました。零細の時計屋とは結婚できないそうです」
「マジか。でも不動産収入のことを言えば、あの子も……」
あからさまに気まずそうな顔をされ、苦い思いと一緒に冷めたコーヒーを飲み干す。
「今はまだ僕の持ち物というわけじゃないですし」
それで彼女の気持ちを引き止めるのは、なにかが違うと思った。