デジタルな君にアナログな刻を
立河さんとは店で別れ、これといった用事もないのでそのまま帰宅する。
駅前区画整理のために転居を余儀なくされ、現在はもともと貸家にしていた古い平屋に仮住まいをしていた。

なにぶん荷物の多い家なので、空いていた二軒にわけて押し込んだ。駅前のビルが完成して引っ越しが済んだらここも取り壊して、アパートを建てる予定になっている。

玄関前には見覚えのある白い車が横付けされていて、来客を知った。

「ただいま」

立て付けの悪い玄関の引き戸をガラガラと開けると、たたきにはピカピカに磨かれた黒の革靴。予想通りだ。入ってすぐの障子を開けるたら、ちゃぶ台を挟んでオヤジとスーツの背中が見えた。

「いらっしゃい、島崎さん。いつもお世話になってます」

立ったまま挨拶する僕に、島崎さんは丁寧に座布団から降りて頭を下げた。

「哲さん、こんにちは。お邪魔しています」

もう五十歳を越えたはずのなのに、伸びた背筋といい声の張りといい若々しい印象だ。本家の顕義おじさんが仕事の第一線から退いても、そのまま秘書を務めている。まあ、今の状態では秘書というより、お守りというかお世話係といった方が適切かも知れないけれど。

弁護士を筆頭に様々な資格を持つという異色の人で、祖父が亡くなる以前から、ウチが持っている不動産関係についてのアドバイスをしてくれていた。
既に故人となっている祖父の弟とこの人がいなければ、ウチはとっくにご先祖様から分けてもらったすべての土地を手放していたに違いない。

「今日はテナントの件で?」

丸いちゃぶ台の上は、図面や店舗のイメージ画などで一杯になってた。背表紙で殴ったらただでは済まなそうに分厚いカタログも積まれてる。
それのページを細めた目でめくっているのが父だ。

「意地を張らないで、老眼鏡を使えばいいのに」

隣に座って覗き込んだら、三十の自分でも辛いくらい細かい文字と数字が並んでいる。

「ああ、うん。そうだな」

珍しく素直に頷き、しきりに目を擦っていた。

「そうだ、島崎さん。ほかのテナントって、まだ空いていますか?」

「え?はい、たしか全部は埋まってはいなかったと……」

「よかった。先輩が新しく開く税理士事務所に使いたいそうなんです。これ彼の名刺なんで、時間がある時にでも連絡をとってみてもらえますか」

立河さんから預かった、個人の連絡先も入った名刺を島崎さんに渡す。それを丁重に両手で受け取った彼に念を押した。

「僕の知り合いだからって、無理を聞かなくていいですからね」

「承知しました」

穏やかな笑みを返して立ち上がる。

「もう帰るんですか?」

「今日は資料をお持ちしただけなので。今度はインテリアプランナーも連れてきますので、それまでにだいたいのイメージを固めておいていただけると助かります」

店を一から造るというのは結構骨が折れる。まだまだやることは山積みのようだ。

ルーペでカタログと格闘を続けている父を置き、母と玄関まで出て島崎さんを見送った。
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