デジタルな君にアナログな刻を
「おかえり。早かったね」

「ちゃんと時間通り休ませてもらいました。今の方は藤田様ですか? もう受け取りにいらしたんですね」

確かにご近所さんと言えなくもない住所だったけれど、1時間もしないうちに来るなんてよほど急ぎだったのだろうか。
放置されたままの空き箱を分解して潰す。プチプチはブラスチックゴミだっけ?

「ご主人が大切にしている時計だから」

「そうなんですか」

もしかして高級品なのかな。わざわざ修理に出すくらいだし。

最近は、時計なんて直すより買ってしまった方が、安いし早いと思っている人が多いと感じている。それに携帯電話が普及してから、腕時計をする人が減ったっていう話も聞いたことがある。スマホなんか、アラーム機能は当たり前だし、タイマーやストップウォッチ代わりにもなる。アプリを使えば、さらに使い道は無限大だ。

目覚まし時計も売れなくなっているんだろうな。わたしの、商品棚にあるクマのキャラクターの形をした目覚まし時計を見る目に、憐れみの想いがこもった。

「こう言ってはなんだけど、そんなに高い物じゃないよ。息子さんがね、就職して初めてのお給料で買ってくれた腕時計」

「あ……」

途端に下世話な想像をしていた自分が恥ずかしくなる。捨てようと持っていたプチプチを握る手に、自然と力が入ってしまう。ぷすっと気の抜けた音が、自分の心からも聞こえた気がして俯いた。

「20年近く前の製品だから、まだ祖父さんも元気だった頃だね。定期的なメンテナンスやベルトの交換はしているけれど、本格的な修理は今回が初めてみたい」

店長はこれまたカウンター内に開きっぱなしだったファイルに目を落としていたので、わたしの表情の変化には気がつかない。正直に言って「助かった」と思った。
安直なわたしの考えは、藤田様にも時計にも失礼な憶測だったから。

くしゃくしゃになったプチプチを広げて丁寧にたたみ直しながら、何気ない風を装う。

「そんなに細かいことまで記録してあるんですね」

店長が見ているのは、いわば『時計のカルテ』。この店で売られた時計や修理に出された時計の、製品情報、製造時期や修理記録などがお客様の情報と一緒に記入されている。
もちろん一見さんのお客様もいるからすべてではないだろうけれど、裏にあるラックが数段埋まるくらいにはある『薗部時計店』の歴史。

興味本位で店長の手元を覗き込むと、細かい角張った几帳面な文字で藤田様の時計のことが書かれている。備考欄には『藤田守(まもる)様がお父様に初任給でプレゼント』とあった。

そういえば、自分は初任給をなにに使ったかな? わたしは半年ほどの記憶を遡る。
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