デジタルな君にアナログな刻を
「祖父さんは生前、よく蚤の市に通っていたんだ。そこで気に入った時計をみつけたけど、ちょっと悩んだらしい。迷いながらほかを回って。でもやっぱりそれが欲しくて戻ってみても、もう売れた後だった」

円ちゃんがカップを静かにソーサーに戻す。

「アンティークの世界ではよくあることなんだけど、それって日常生活でも一緒じゃないかな。人でも物でも、同じものとの出会いが、もう一度あるとは限らない」

刻は常に流れていくものだから、ひとつひとつの出会いを大切に。

膝に手を置き背筋を伸ばしてこちらを真っ直ぐに見て、真剣に耳を傾ける彼女。

「祖父さんの話を聞いてから、欲しいって直感で思ったものは、可能な限り手に入れることにしたんだ。後悔はできるだけしたくないからね」

手にした後悔より、手に入らなかったことへの後悔の方が大きいはず。
だからあの雨の日、この出会いを手放したくなくて――。

「僕の直感って、結構当たると思わない?」

目の前にいる最高の逸品を逃さなかったあの日の自分に、特大の花丸をつけてやりたいくらいだ。独り悦に入る。

すると円ちゃんは、何かに思い当たったのかこくんと同意を示す。

「……弟にも言われたことがあるんです。わたしは慎重すぎるって。悩んで悩んで、結局前に進まない。それじゃあいけないってわかったはずなんですけど、ね」

くしゃっと顔を歪めて笑った後、気合いを入れるように息を吐き出す。

「決めました!やっぱりわたし、あのスーツを買います!!もう少し待てば30パーセントオフから半額になるかと思ったけど、売れちゃうかもしれないし。これからお店に戻ってもいいですか?」

今日の目的だった入学式用のスーツ。あれこれ悩んでいくつも店を回ったあげく、結局まだ彼女は買っていない。

「それは構わないけど。最終候補にしてたのって、クリーム色のだよね?」

「そうです、それ。ちょっと予算オーバーだけど、色とデザインがいいなって」

「……あれはダメ」

春らしい服をあて鏡に映った彼女を思い出して、堪えきれずに渋面を作る。あの服は、いけない。

「どうしてです?そんなに変でしたか?」

反対意見が予想外だったのか、円ちゃんは不服そうに口をとがらせる。
とんでもない。よく似合っていたし可愛かった。それでも――。

「ダメ。あれはスカートが短すぎる」

祖父の口癖は「時計は使われることで、その存在意義を持つ」だった。
だけど現在、僕の最大の悩みは、彼女をコレクションのように大切にしまっておけないことである。


もうすぐ春。出会いの季節が訪れる。




 ―― 【イチゴ一会】完 ――



最後までお読み頂きありがとうございました。

2017/02/27


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