デジタルな君にアナログな刻を
円ちゃんは底にあった苺のコンポートの最後のひとつまで綺麗に食べきり、満足げに手を合わせる。

「美味しかった?」

「はい!苺感がすごくって……」

言いさしてから、ハッと空になった容器に目を落とし肩をすぼめた。

「ごめんなさい。つい、全部食べちゃいました」

「いいよ。あとでお裾分けを頂くから」

「え?」

「ほら、こっちも食べないと」

皿を入れ替え、置き去りになっていたチョコムースを正面に戻し、自分はコーヒーのおかわりを注文する。せっかくなのだから、ゆっくり味わえばいい。

落ち込みつつも、紅茶で口の中の苺味をリセットした彼女は、スプーンをムースでひと掬いした。山盛りになったそれを口に持っていこうとして手を止める。

「……店長、食べますか?」

上目遣いで訊かれれば、例えどんなに満腹だろうがもらうに決まっている。なんの迷いもなく口を開けた。

「お待たせしまし……た」

なぜこのタイミング?おかわりを持ってきてくれた店員と、円ちゃんの肩越しに思いっきり目が合ってしまう。
スプーンの勢いは止まらずちゃんと僕の口めがけてやってきたけれど、ベルギー産なんたらの味なんてわかる間もなく、チョコムースは喉を通っていった。

「どうも」なんて曖昧に礼を言っても、店員は気まずそうに目を逸らす。素早くカップを交換して戻ってしまった。円ちゃんも耳まで真っ赤にして、ごまかすようにムースを食べ始めている。
さすがに自分もいい年をして調子に乗りすぎたと反省し、おとなしく熱いコーヒーを啜った。

「そんなに食べられない」と言った口に、仙人が食べる霞の如くふんわりチョコムースが吸い込まれていく。女子には、スイーツ専用の別腹があるという噂は本当らしい。

白い皿に描かれていたラズベリーソースの模様まで残さず食べ終わるころには、円ちゃんの頬は、羞恥とは別の意味で紅潮していた。

「美味しかったあ。こっちのムースも最高でした」

冷めてしまった紅茶を飲みながら、うっとりと余韻に浸る。

「ね?両方食べてよかったでしょう?」

「はい。でも……」

それでもまだ歯切れが悪いのは、金額に対してか、カロリーに対してなのか。

「円ちゃんは『一期一会』って言葉、知ってる?」

彼女は両手でティーカップを抱えたまま、不審げに頷いた。
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