デジタルな君にアナログな刻を
新しい駅のトイレはやっぱり綺麗。ファッションビルのようにオシャレな造りで、ここでフルメイクしている人がいたくらいだった。

そんなだからか、混んでいるのも仕方ない。個室に入るための列には、わたしの前に3人が待っていた。
次はわたし、という番になった時、3歳くらいの女の子を連れたお母さんが少し焦った様子で入ってきた。わたしの後ろにも数人並んだ列を見るなり、顔をしかめる。

「ママ~」

女の子はもじもじと足を動かしながら、母親の服を引っ張っている。こ、これは……。

「もうちょっと我慢してね。みんな、順番で待っているんだから」

小さな子にとっては無理難題に等しい言いつけにも、健気に彼女は頷いたけれど、もじもじは更に激しさを増していく。
カチャッと個室のドアが開く音がして、みんなの視線が一斉に扉に注がれた。一番奥の個室から出てきたおばさんは、ちょっとだけぎょっとした表情をして手洗い場に向かう。わたしは意を決して後ろの人たちにお願いしてみた。

「すみません。あの子を先に入れてあげてもいいですか?」

すると、どうぞどうぞと暖かい答えが返ってくる。そのやりとりを聞いていたお母さんに、「お先にどうぞ」と手を添え先を譲った。

「すみません、すみません。ありがとうございます」

何度も頭を下げながら、限界寸前の女の子を抱えて個室へ消えていく。
わたしも「ありがとうございます」と列の後ろにお礼を言って、再び空くのを待った。

無事ストッキングを履き替え、ついでに用を済ませて出てくると、さっきの母娘連れと会う。

「本当にありがとうございました。助かりました。ほら、アイリもお姉さんにありがとうをしなさい!」

「おねえちゃん、ありがとう」

舌足らずの声でちょこんと可愛くお辞儀をされれば、「いい事したよね?わたし」と自己満足にどっぷり浸る。

足取りも軽くテナントの並ぶ通路を抜けて改札口へ向かうわたしに、「すみません」と背中から声がかけられた。

「はい、なんでしょう?」

上機嫌でくるりと身体を反転させると、両手に大きな紙袋を持った小柄なおばあさんが立っている。うなじ付近で小さなお団子を作った髪は真っ白だけど、竜胆色をした鮫文様の江戸小紋を着た背筋は真っ直ぐだ。

凜とした立ち姿に思わず見とれていると、「お尋ねしたいのですが」ともう一度声がかかる。その声の張り具合に、わたしまでつられてぴんっと姿勢を正してしまった。

「松山台行きのバス乗り場はどこでしょう? 20年前と駅がすっかり変わってしまっていて、情けないことにどこが出口かわからなくなってしまったんです」
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