デジタルな君にアナログな刻を
何度も降りたことがある駅の中はわかっていた。会社の位置は、事前にハローワークで受け取った資料や地図アプリでも確認してある。だから迷わず北口から外に出て、通りを小走りで進んだ。

五月晴れの日差しはほんのりと夏の気配を感じさせて、おでこに汗がに滲む。信号で止まるたび、タオルハンカチでファンデーションが剥げないように気をつけながら拭った。

それにしても信号が多い。たいして車道の広い道路じゃないのに、と思ったら、近所に保育園や幼稚園、小学校などがあるためだった。さすがにそこまでは調べてないし。

余計なことを考えていたら、曲がる目印だったコンビニをいつの間にか通り過ぎてしまい慌てて引き返す。
踵をアスファルトの道路に打ち付けながら時計を確認すると、あと3分。ついに目的地の看板が見えた!

入口の陰で汗を拭き、息を整え自動ドアの前に立つ。正面の受付に名前と面接に来たことを告げると、しっかりメイクの受付嬢が担当の部署へ内線をかける。その間にちょっと動かした視線が、受付カウンターの上にあるカレンダー付きのデジタル時計の表示を捕らえた。

13:34

思わず自分の時計を凝視した。それが示す時刻は1時30分……秒針は6の数字を通り過ぎたところ。

腕時計が遅れている? それとも向こうが進んでいるの? どっち?

「宿谷(しゅくや)様。そちらのエレベーターで3階にお上がりいただき、突き当たりの第二会議室までお越しください、とのことです」

混乱しているわたしに、ごく事務的に伝えてくれる。

「あ、はい。あの、今は何時でしょう?」

恐る恐る尋ねると、受付嬢はチラリと例のデジタル時計をみて訝しげに答えた。

「13時36分に……今、なりましたね」

「この時計って、遅れていたりは?」

「電波時計ですから」

にべもなく返されてその場に座り込みそうになったけれど、これ以上先方を待たせるわけにはいかない。どうにかお礼を言って、エレベータに乗り込んだ。

それから先の面接は、かなり記憶が曖昧だ。とにかく時間に遅れたことを謝って、何度も頭を下げたことだけは覚えている。向こうからは遅刻に対しての言及は特になく、終始にこやかに応対をしてくれていた、と思う。

だから帰り道で、ちょっとだけ期待した。あれくらい、遅刻したうちに入らないんじゃないかって。今日は行くまでの間にいくつも『いいこと』をしたんだから、きっとわたしにも『いいこと』が起こるはず。

重い気持ちと足を引きずり駅まで戻る道すがら、わたしは役立たずの腕時計を外してバッグの中に放り込んだ。
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