デジタルな君にアナログな刻を
「曲の名前が思い出せなくて。ご存じですか?」

「これ?うーん、聞き覚えはあるなあ」

人差し指でこめかみをぐりぐりと押し思い出そうとしているけれど、答えは出てこない。

「そうだ。箱を調べればわかるはず」

立ち上がるとバックヤードに消えていく。しばらくガタガタと開けっ放しのドアの向こうでしていた音が止んで、彼が化粧箱を手に戻ってきた。
ずいぶん放置されていたのか、日焼けして色が薄くなっている面がある。彼がフタを開けると、ほわっと埃が舞ったような気がした。

「この時計、オープン以来売れていなんだよね。あ、あった」

中から取り出したのは、ディスプレイ用に貼るステッカー。ぽいと渡されたので、書かれている文字を読んでみる。

『童話シリーズ、おやゆび姫。毎正時になるとお花が咲いて、プリンセスが音楽に合わせて踊ります』

いくつか機能の箇条書きがある端っこに、小さく書いてあった曲名をみつけ、ようやくスッキリした。
おやゆび姫とはぜんぜん関係のない曲だけど、『花』繋がりなのかな?

「なんだったか、わかった?」

後ろからわたしの手元を覗き込むように近づけられた頭にびっくりする。髪をひとつに結んでいるために露わになったわたしの耳に、滑らかに流れ込んでくる低い声と柔らかな髪の毛先が触れ、心臓をギュッと握られたように一瞬息が止まった。

首を1ミリも動かせず「はい」と返事だけすると、ふわっと柑橘系の香りを残して気配が離れる。同時にそっと息を吐き出した。

「どうかした?」

もし自覚のない行動だとしたら、今すぐあらためたほうが彼の身のためだと思う。万が一にも意図的ならば、使う相手はよく選ぶべき。
でないと、されたほうは勘違いして心臓が止まり、殺人事件に発展しかねない。

それともわたしに免疫がなさ過ぎて、自意識過剰なだけ?

「……この時計っていくらなのかなあ、なんて」

付いてもいない値札を探すふりをして、彼の視線から顔を逸らす。実はショーウィンドウで確認していたから、値段は知っている。驚くほど高いわけではないけれど、わたしにとっては衝動買いできる金額でもない。

「ええっと、1万3000円?へえ、けっこう高いな。どうりで売れないわけだ」

あくまでも商売っ気がなく呑気な彼に、自分の店の商品なのにそれでいいのか、とツッコミを入れたくなる。

「ホント、買わなくていいんだからね。楽しんでもらえたなら、それで十分」

私の手から時計を取り上げて、ショーウィンドウに戻してしまった。そう言われると、かえって申し訳なってくるのが人情というもので。

だって、わたしがこのお店に入ってから、他のお客さんはひとりも来ていない。
雨というお天気を考慮しても、駅前の店舗でこれは結構由々しき事態なのでは?

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