デジタルな君にアナログな刻を
「就活中なの?まだ大学生?」

唐突に訊かれて、瞬きを繰り返す。口調から察するに、お客さんモードはもう終わったらしい。

「ごめん。さっき、求人誌と履歴書が見えたから」

彼は口が大きく開いたままのバッグに目を向ける。

「就活というか、求職中なんです。所謂、就職浪人というやつで」

自分で事実を口にして、おかれた現実を再認識させられた。他の誰のせいでもない。すべては自身の甘さが招いたことだけど、とっても惨めだ。

「いいところ、見つかりそう?」

無造作に突っ込んでいた就活グッズをバッグの中で整えていた手が止まる。どうしてこれを見ておいて、そんな無神経なことが言えるのかなあ。

「決まりそうなら、こんな物を持ち歩いたりしていません」

「ふうん、そうなんだ」

他人事のような、いや他人だけど、適当な返事が癇に障る。

もう、帰ろう。ちょうどいい時間のバスがあるといいな。きっと、何本かは逃してしまったはず。歩いて帰るという選択肢は、とっくにない。

バッグを手に立ち上がり、「ごちそうさまでした」と出口に向かおうとしたわたしの肩が掴まれた。

「なんですか?」

不機嫌を隠さずに振り返ると真ん前に彼がいる。あまりに近すぎて、顎を上げて見ないと表情がわからないくらい。

「待って。あの……」

言いたいことがありそうなのにはっきりしない彼の態度が、一段とわたしの神経を逆撫でする。

「バスの時間もあるんで、用があるなら早くしてもらえます?」

つっけんどんな言い方に一瞬怯んだかにみえたけれど、もう片方の肩にも手が置かれ、その指先に力が入った。

「うん、じゃあ。あの、あのさ。よかったら、僕のところへおいで」

はい?

語尾をやや疑問系に上げ紡がれた言葉に瞬きを忘れ、口をぽかんと開けて、彼の鬱陶しい前髪がかかる目を見つめる。それは、店内へ誘った時のように穏やかな弧を描いていた。

ちょっと待て!『僕のところへ』って、どういう意味??
受け取り方によっては、その……。ま、まさか、プロポーズってわけじゃないよね?

そりゃあ、一緒にお茶もしたし少しは世間話をしたけれど、それだって1時間も経ってない。でももしこれがお見合いだとしたら、そういうもの?
だけどわたしたちは、お互いの名前も年齢も知らない、初めて会った冷やかしの客と店員だ。

落ち着け、わたし。
昨日、自分の時計が遅れていることを知った時以上に、動揺している気持ちを必死になだめる。

妙な早とちりなんてしたら、恥ずかしくって今後駅前を歩けなくなってしまう。彼の言葉の意味を、もう一度よーく考えてみよう。

僕のところってことは、ここ?もしかして、この店ってこと?

直前までしていた会話の内容を思い出してみると、わたしの中で一気に話が繋がり始め、ひとつの答えが導き出された。
なんだ、そういうことか。

「それって、『正式に』ですかっ!?」

< 27 / 142 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop