デジタルな君にアナログな刻を
グイッと、さらに自分から近づいた。勢い余って片手がベストの胸を掴む。
「え?う、うん。僕はそのつもりだけど……」
さっきまで細ーくなっていた目が本来の大きさに戻った彼は、胸にあったわたしの手を両手で包む。
「もしOKなら、ご両親にも了承を……」
「成人していても、就職って親の了解がいるんですか?あ、身元保証人とか!だったら、父はいませんけど、母はタオル製品の製造会社に勤めていて、勤続26年になる正社員です。これなら大丈夫ですよね?足りないようなら祖父母にも頼みますけど、年金暮らしですよ?」
「ええっと。あれ?」
わたしが矢継ぎ早に質問したら、彼は急に目を泳がせ始める。ここで前言撤回される訳にはいかなかった。彼の手を解いて、バッグの中から履歴書を取り出す。いつでも面接に向かえるように、ほとんどの欄は記入済みだし、証明写真も添付してある。
「志望動機とかが必要ならこの場で書き足しますけど、要りますか?構わないですよね?」
押しつけるように封筒入りの履歴書を渡し、後ろに一歩分彼から距離を取った。
「この際、雇用条件に贅沢は言いません。労働基準法から外れていなければそれで十分です。一生懸命働きますので、どうぞよろしくお願いします!」
90度に腰を曲げたわたしの上に永遠とも思える数秒の沈黙が降りた後、くくくっと忍び笑いが降ってきた。不審に思って頭を上げると、クセのある髪に片手を突っ込み、微苦笑を浮かべる彼と目が合う。すると、小さく肩を竦めて頭から離した手を前に差し出した。
「とりあえずはそれでもいいか。じゃあ、お願いできるかな。詳しいことは、明日までに書類をテキトーに作っておくから、その時にでいい?」
「……ありがとうございます」
戸惑いながら右手を伸ばせば、あっちから手がやってきてギュッと握られる。それが『契約締結』ともいえる瞬間だった。
思い返せば、勤務場所と業種しか知らないで就職を決めようとするなんて、あの時のわたしはずいぶんと切羽詰まっていたらしい。
でも、翌日冷静になった頭で再び訪れた薗部時計店の店長、薗部哲さんが提示してくれた労働条件は、思いのほか『まとも』だった。
自宅から自転車で通えることや、転勤の可能性がないという点はとても魅力的だし、お客様商売のくせに日・月が定休日というのも悪くない。お給料も、これまでに検討した会社との差はほとんどなかった。
「こんな感じにしてみたけど、他に気になる点はない?そう。では宿谷円さん、末永くよろしく」
こうして、パソコンで作成された書面を確認し受領したわたしは、正式に『薗部時計店』の店員として雇用されることとなったのである。
「え?う、うん。僕はそのつもりだけど……」
さっきまで細ーくなっていた目が本来の大きさに戻った彼は、胸にあったわたしの手を両手で包む。
「もしOKなら、ご両親にも了承を……」
「成人していても、就職って親の了解がいるんですか?あ、身元保証人とか!だったら、父はいませんけど、母はタオル製品の製造会社に勤めていて、勤続26年になる正社員です。これなら大丈夫ですよね?足りないようなら祖父母にも頼みますけど、年金暮らしですよ?」
「ええっと。あれ?」
わたしが矢継ぎ早に質問したら、彼は急に目を泳がせ始める。ここで前言撤回される訳にはいかなかった。彼の手を解いて、バッグの中から履歴書を取り出す。いつでも面接に向かえるように、ほとんどの欄は記入済みだし、証明写真も添付してある。
「志望動機とかが必要ならこの場で書き足しますけど、要りますか?構わないですよね?」
押しつけるように封筒入りの履歴書を渡し、後ろに一歩分彼から距離を取った。
「この際、雇用条件に贅沢は言いません。労働基準法から外れていなければそれで十分です。一生懸命働きますので、どうぞよろしくお願いします!」
90度に腰を曲げたわたしの上に永遠とも思える数秒の沈黙が降りた後、くくくっと忍び笑いが降ってきた。不審に思って頭を上げると、クセのある髪に片手を突っ込み、微苦笑を浮かべる彼と目が合う。すると、小さく肩を竦めて頭から離した手を前に差し出した。
「とりあえずはそれでもいいか。じゃあ、お願いできるかな。詳しいことは、明日までに書類をテキトーに作っておくから、その時にでいい?」
「……ありがとうございます」
戸惑いながら右手を伸ばせば、あっちから手がやってきてギュッと握られる。それが『契約締結』ともいえる瞬間だった。
思い返せば、勤務場所と業種しか知らないで就職を決めようとするなんて、あの時のわたしはずいぶんと切羽詰まっていたらしい。
でも、翌日冷静になった頭で再び訪れた薗部時計店の店長、薗部哲さんが提示してくれた労働条件は、思いのほか『まとも』だった。
自宅から自転車で通えることや、転勤の可能性がないという点はとても魅力的だし、お客様商売のくせに日・月が定休日というのも悪くない。お給料も、これまでに検討した会社との差はほとんどなかった。
「こんな感じにしてみたけど、他に気になる点はない?そう。では宿谷円さん、末永くよろしく」
こうして、パソコンで作成された書面を確認し受領したわたしは、正式に『薗部時計店』の店員として雇用されることとなったのである。