肉食系御曹司の餌食になりました
それからおよそ一時間半、静かな事務作業のお陰で怒りは収まり、冷静さが戻っていた。
後は数値計算をし直して、表に入力すればおしまい。
今の時間は十五時二十分。
よかった。約束の時間に間に合いそうだ。
腕時計に視線を落としていたら、事業部のドアをノックする音が聞こえ、すぐに開けられた。
姿を現した支社長は、スーツの上に黒いコートを羽織っている。
彼は私の側まで来ようとせず、ドアノブに手をかけたままで「終わりそうですか?」と聞いた。
「はい。後少しです」
「それはよかった。私は先に帰りますよ」
「待って下さい。確認していかないんですか?」
「私の確認が必要なほどの仕事ではないでしょう。亜弓さんにお任せします」
その程度の雑務で出勤させたのは、あなたなんですが……と、口には出さずに目で訴える。
七、八メートルほどの距離を開けて睨んでいると、彼はクスリと笑った。
「なにがおかしいんですか?」
「いえ、睨む顔も可愛らしく、嬉しいことだと思いまして」
「は?」
「半年前のあなたは、私に無関心な様子でしたが、今は複雑な想いの中にいるようですね。それが嬉しいです。
では、私はこれで。遅れるわけにいかない大切な約束がありますので、お先に失礼します」