肉食系御曹司の餌食になりました

黒いコートの後ろ姿が消えてドアが閉まり、コツコツと革靴の音が遠ざかる。

なんなのよ、あの人は。

私の気持ちをあの手この手で無理やり彼に向かせておきながら、『嬉しいです』のひと言で終わらせて、今度はAnneとのデートが大切だって?

「いい加減にしてよ!」と無人のフロアで叫んだ後は溜息をつく。

困りつつも朝からソワソワしていたのに、今はデートに行きたくない。

Anneは私だけど、私じゃない。地味な亜弓の方が本来の姿だから、華やかなAnneに迫る彼を見るのは心が痛いな……。

そのときスマホにセットしていたアラームが鳴る。十五時二十五分だ。

『いけない』と気持ちを立て直し、やりかけの作業を終わらせると、大荷物を手に建物から走り出た。


わずか地下鉄ひと駅分をタクシーに乗り、小丸百貨店前で降りる。

待ち合わせは地下街と直結している地下入口なので、地上の入口を利用しても支社長と顔を合わすことはないだろう。

エスカレーターに乗り女性服売り場の三階で降り、トイレに向かう。

その理由はもちろんAnneに変身するためだ。

個室の中でオフィススーツを脱いで、シャンパンゴールドのワンピースに着替えをする。

襟元にファーをあしらった白いコートを着て、黒いブーツに履き替え、脱いだ服は紙袋の中へ。

個室から出るとメガネを外してコンタクトレンズを装着し、続いてメイクに取り掛かる。


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