肉食系御曹司の餌食になりました

手の中のスマホは震えるのをやめてくれたが、またすぐに震え出す。

それが三回繰り返されて、諦めて通話に出た。


「はい、平良です」

『亜弓さん、お疲れ様です。
大変申し訳ありませんが、お渡しすべきものがまだありました。今からこちらに戻ってきて下さい』


三度の呼び出しに、もう慌てることも怒る気力もない。

通話に出る前から、そう言われるだろうと予測していたことでもあるし。

それで「分かりました。すぐに戻ります」と返事をしたら、彼が一拍、間を空けてから『断らないんですか?』と聞いてきた。


「もう逃げ道はないようですから。場所は展望ラウンジですよね。七、八分後にそこで」


返事をして通話を切った後は、おもむろに立ち上がりトイレに向かう。

まさかという思いは、もう消せない。

そう、私も結構前から気づいていた。正体がバレているということを。

その気づきを必死に頭の隅に追いやって、意志の力で考えないようにしていたのは、負けるのが悔しかったからなのか……。


トイレで何度目かの変身をして、素顔の自分に戻る。

ボサボサの黒髪はブラシで梳かしてひとつに結わえ、メイクは一度完全に落としてから、色味の薄いナチュラルな雰囲気にし直した。

地味色のパンツスーツの皺をできるだけ伸ばして正しく着ると、コートを小脇に抱えて荷物を持ち、エレベーターで最上階まで上がった。

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