肉食系御曹司の餌食になりました
展望ラウンジは三十五階にあり、フカフカなカーペット敷きの店内に一歩足を踏み入れると、ガラスの壁の向こうに札幌の夜景が美しく広がっていた。
照明は低く落とされ、しっとりとした大人の空間に歌のないジャズが流れている。
長いカウンターテーブルがガラスの壁に向けて設置されていて、その端の席にネイビースーツの支社長の背中が見えた。
近づいてきた黒いベストを着たボーイに、人との待ち合わせであることを告げて奥へと進み、彼が取っておいてくれた隣の椅子に腰掛けて、荷物をテーブルの下に置いた。
夜景から私に視線を移した彼は、クスリと笑いながら手を伸ばす。
男らしい長い指先が触れたのは、耳に下がるアメジストのピアスだった。
「外すのを忘れていた……というわけではないようですね」
「はい。私の負けですから、ごまかすのはもうやめます。それに、これ以上、着替えさせられるのも嫌ですし」
注文を取りにきたボーイに、メニューを見ずに「マタドールはありますか?」と聞いた。
「はい、ございます」
このカクテルはアルフォルトのステージ後のカウンター席で、よく支社長に奢ってもらうものだ。
もうAnneとの共通点を隠す必要がないから、飲みたいものを躊躇いなく注文した。
程なくして運ばれてきたカクテルグラスと、彼のブランデーグラスを合わせて乾杯し、マスターの味より少し甘いと思いながら口にして、それから聞いた。
「いつから気づいていたんですか?」