肉食系御曹司の餌食になりました
今日に限らず、思い当たる節は色々とある。
カイトに襲われかけたマスターの誕生日会では、彼はAnneを『亜弓さん』と呼び間違えた。
それより前には、私が支社長室に忘れた抹茶プリンを、Anneに差し入れだと言って渡してきたし、初来店のときにはズバリ『亜弓さんですよね?』と問いかけられた。
否定したら、それ以上の追求はされず、納得したように見えていたけれど。
私の質問に彼は「最初からですよ」と楽しそうな顔をして言う。
「でも、私が違うと言ったら、すぐに引き下がりましたよね?」
「そうですね。確信はありましたが、あの時点ではなにを言っても認めないだろうと思いましたので。できるなら、あなたの口から言わせたかった。それでしばらくは騙されていることにしました」
言われた通り、初来店の日の私達の関係性だと、秘密をバラそうとは思わない。
バレたら副業を咎められると思っていたし、社内でからかってくる迷惑な人だとも思っていたから。
副業を知ってから半年も歌わせてくれたということは、どうやら彼の頭の中に、ジャズシンガーを辞めさせる気持ちはないようだ。
念のため「私はこれまで通りに働きつつ、夜は歌ってもいいんですよね?」と確認したら、「もちろん」と言ってもらえた。
「社内規則のことなら心配ご無用です。本業に差し障りのない副業なら、辞めて下さいとは言いません。あなたの場合、時々アンに変身することで心が潤うようですし、私がアンの歌を聴けなくなるのは困ります」
「よかった……」と溜息交じりに呟くと、彼はクスリと笑い、テーブル上で手を重ねてきた。