次期社長と甘キュン!?お試し結婚
 落ち着かないまま直人に視線を送ると、奥から細身の男性が現れた。茶色くて短い髪をワックスで跳ね上がらせ、触ったら少し痛そうだな、なんてことを考える。

 どこかのバンドマンみたいだ、なんて安直なイメージを抱いていると、男性は直人に「久しぶり」と親しげに声をかけた。どうやら直人の知り合いのようだ。

 もしかして、直人が髪を切るんだろうか。

 そんなことを思っていると、前触れもなく二人の視線が私に向いた。

「え、なに? 彼女?」

 いきなり飛んだ質問に私は固まる。男性にまじまじと見られ、なんだか恥ずかしくなった。直人の隣に立つ女性としては、どう考えても私では分不相応だろう。直人は男性の質問にはあえて答えず

「彼女の髪を切ってほしいんだ」

 と、端的に説明した。すると男性は楽しそうな顔をして再び、私に視線をやり、誰かの名前を呼ぶと、若い女性スタッフが現れた。訳が分からないまま、一番奥の席に案内される。どうやら髪を切るのはやはり私らしい。

 もう目くるめく状況についていけない。緊張して固くなっている私に、ケープがかけられ、女性がにこやかに話題を振ってきてくれた。

 私はたどたどしく答えながらも、希望らしい希望は持ち合わせていないので全面的に任せることにする。いつもは眼鏡をはずすので、仕上がりまでどうなるかよく分からないのだが、今日はよく見えた。
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