次期社長と甘キュン!?お試し結婚
「そんな風に、まっすぐに映画を観られるなんて、いいことだと思うよ」

 私の発言で毒気を抜かれたように、彼は手で目元を覆って、がくりと項垂れた。

「だから映画は嫌いなんだ。すぐに感情移入させられて、時間もあっという間に過ぎる」

 彼が映画が好きではない、という真意がようやく分かって、なんだか微笑ましい気持ちになるのを必死に面に出さないようにする。

 本当は彼みたいな人こそ、映画を観るべきだと思うのに。そう告げると、彼はソファの背もたれに体を預けて吐き出すように告げた。

「情けないだろ、会社のトップに立つような人間が、いちいちこんなことで感情を露にして」

 彼は目元を覆っていた手をそっと離し、天井を見つめながら続ける。

「元々、どちらかと言えば、喜怒哀楽が激しい子どもだったんだ。だから、じいさんにもよく叱られたよ。男が、人の上に立つ人間が、そんな簡単に泣いたり、感情を露にするなって。隙を見せるような真似は控えろ、って」

「そう、なんだ」

 私はなんて声をかけていいのか迷った。自分には考えられない環境だ。彼はずっと、育ての親である祖父に、次期社長として育てられてきたのだろう。

「じいさんの言ってることは、正しいと今なら分かる。本当の自分よりも相手に合わせて取り繕った方がウケはいいしな。それに、俺はただでさえ若いし、同じような立場の人間とやりあっていくには、それなりに作っていないと」

 なるほど、それで彼は最初に会ったときからああいう態度なのか。色々と納得できたところで急に彼がそのままの姿勢でこちらに顔を向けた。おかげで、思いっきり視線が交わる。
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