イジワル御曹司に愛されています
ティーカップ片手に規約を読んでいた千野が、分厚い紙の束をこちらに向けてくる。のぞき込むと、向こうも同じようにし、狭いテーブルの上でお互いの髪が触れた。
「あ、これは設営に重機を入れる場合の話。千野たちは関係ない」
「そうなんだ」
ほっとしたように微笑んで、至近距離で千野が目を上げる。
片隅によけてあるケーキから漂う、甘ったるいクリームの香りが、まるで千野本人から立ち上っているように感じ、名央は視線をそらした。
あからさまにそんなことをされ、当然のごとく千野は当惑した様子を見せる。
ごめん、と心の中で謝った。
俺なんかでごめん、本当に。
いろいろ説明をつけてはみたものの、要するにこういうことだ。
少しでも千野のそばにいたいのだ。
それだけ。
* * *
「ねえ、聞いてた?」
「聞いてなかった」
木村未沙は、名央が意地悪しているのだと前向きに捉えたらしく、「やだもう」と笑って身体をくっつけてきた。
都心の夜景を見下ろす、窓を向いたカウンター席。並んでいるのはふたりがけのカウチのみで、ここまでターゲットのはっきりした店もすごいな、と名央は感心した。
店の予約を任せるんじゃなかった。と今さら悔いても遅い。
木村から聞かされたところによれば、高校時代名央と彼女は一瞬そういう関係にあったそうなのだが、思い出せない。
たちの悪いパーティかなにかで会ってつまんで、悪くなかったからその後も気が向けばやって、とかそのくらいの相手だったのだろう。
『私けっこう違ったから、当時』と言って彼女が見せた昔の写真は確かに別人で、だがなんの記憶も呼び覚ましはしなかった。
──落ち着く、都筑くんのそういう最低な話聞くと。
耳によみがえるのは、千野の声。
やっぱり最低だと思われてたんだな、と聞いたときはしみじみしてしまった。まあいい、自分でも品行方正だったとは思っていないから。
「あ、これは設営に重機を入れる場合の話。千野たちは関係ない」
「そうなんだ」
ほっとしたように微笑んで、至近距離で千野が目を上げる。
片隅によけてあるケーキから漂う、甘ったるいクリームの香りが、まるで千野本人から立ち上っているように感じ、名央は視線をそらした。
あからさまにそんなことをされ、当然のごとく千野は当惑した様子を見せる。
ごめん、と心の中で謝った。
俺なんかでごめん、本当に。
いろいろ説明をつけてはみたものの、要するにこういうことだ。
少しでも千野のそばにいたいのだ。
それだけ。
* * *
「ねえ、聞いてた?」
「聞いてなかった」
木村未沙は、名央が意地悪しているのだと前向きに捉えたらしく、「やだもう」と笑って身体をくっつけてきた。
都心の夜景を見下ろす、窓を向いたカウンター席。並んでいるのはふたりがけのカウチのみで、ここまでターゲットのはっきりした店もすごいな、と名央は感心した。
店の予約を任せるんじゃなかった。と今さら悔いても遅い。
木村から聞かされたところによれば、高校時代名央と彼女は一瞬そういう関係にあったそうなのだが、思い出せない。
たちの悪いパーティかなにかで会ってつまんで、悪くなかったからその後も気が向けばやって、とかそのくらいの相手だったのだろう。
『私けっこう違ったから、当時』と言って彼女が見せた昔の写真は確かに別人で、だがなんの記憶も呼び覚ましはしなかった。
──落ち着く、都筑くんのそういう最低な話聞くと。
耳によみがえるのは、千野の声。
やっぱり最低だと思われてたんだな、と聞いたときはしみじみしてしまった。まあいい、自分でも品行方正だったとは思っていないから。