イジワル御曹司に愛されています
目の周りを赤くした母親に、名央は首を振った。


『嫌じゃないし、また帰ってくるよ』


しばらく息子を黙って見つめ、嘉穂は『お茶入れるわね』とキッチンへ消えた。

怜二の実家への出入りが減ったと、その後久芳から聞いた。洗脳状態から覚め、彼女なりに、真剣に考えているんだろう。

その結果、怜二を選ぶのなら、それでいいと名央は思っている。


「たぶんどこかの珍しいお茶だと思う。母親、そういうの好きでさ」

「嬉しい、じゃあお礼に、うちのお菓子を差し上げるね。帰りに寄ろう」

「お前が作ったの?」


うちのお菓子ってなんだろう、と首を傾げた名央に、千野が笑う。


「まさかあ。作ったのはお父さん。あとお兄ちゃんも」

「…男が料理する家?」


ようやく千野は、名央の混乱に気づいたようだった。顔の前で手を振って、「うちね、和菓子店なの」と明るい声で言う。


「寄るとは言ったけど、お店の前通ると家族に会っちゃうから、裏からこっそり入るね。都筑くんは離れたところで待ってて」

「別に会っても平気だけど」

「たぶん帰れなくなるから」

「兄貴と親父が殴りかかってくるとか?」

「ううん、物珍しさから、竜宮城並みのもてなしを受けると思う…」


そうか。千野って、男いたことないんだ。

名央は改めて、その事実を噛みしめた。

恥ずかしそうに頬を染める姿を見ながら、千野に似て人のいい、客好きの家族たちを想像した。会ってみたいが、千野に気まずい思いをさせるのも嫌だし、またの機会にしよう。


「お前んち、自営だったんだな」

「そう、松壽堂って知らない? 地元ではけっこうごひいきさん多いんだけど…」

「松壽堂!?」

「あ、知ってる?」

「知ってるよ」
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