イジワル御曹司に愛されています
それどころか、ものすごく気になっている。

こんもりと木の茂った場所に到着し、「ここは古墳です」と説明を受けながら日陰で息をついた。千野が白いスカートをぱたぱたと振って空気を入れているのを見て、だからそういう隙を見せるのをだな、と内心で小言を漏らす。

大きな杉の木の根元にしゃがみ込み、名央は口を開いた。


「今、うちの和菓子部門、低迷しててさ」

「そうなんだ?」

「そう。コンビニのプライベートブランドの製造委託を、数年前に他社に取られたりとか、失態続き。今一番テコ入れが必要な部門なんだよ」


ふうん、と千野がハンカチで顔を仰ぎながら、隣にしゃがむ。

量産和菓子の市場がないわけじゃない。けれど明らかに名央の会社の商品は、ここのところ競争に勝てていない。売り方も味も変える必要があるというのは、幹部全員の認識だ。


「だから味の監修、もっと言えば商品に屋号を貸してくれる提携先を探してたんだ。何代も続いている、固定ファンがいるような和菓子屋を」


そのうちのひとつとして、松壽堂の名前が挙がっている。挙がっているというか、リストのトップに近い。

それを教えると、千野の目がまん丸になった。


「でも、うちなんておじいちゃんの代から続いてるってだけで」

「なに言ってんだ。松壽堂は、江戸時代から続く東京の饅頭屋からのれん分けした店だ。ここの松壽堂はまだ二代目かもしれないけど、総本店は享保年間の創業だぜ!」

「享保…」

「徳川吉宗の時代だよ」

「えっ…えええ!」


こっちがえーだ、と名央のほうが驚いた。どうして自分の家業の歴史を知らないんだ。


「そういえば…おじいちゃんにどうしてお店を始めたのって聞いても、なんだかんだ濁して教えてくれなかった…」

「のれん分けした後で、揉め事があったのかもな。だいぶ前だけど、名前も微妙に変わってるんだ」


のれん分けの枝先ということ自体、後世に知られたくなかったのかもしれない。本家のほうはその後つぶれてしまったから、それなら千野が知らないのもまあ、納得がいく。
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