イジワル御曹司に愛されています
「なあに?」

「なんでもない」

「気になる、なに?」


さっき途切れた実家の話の続きだとでも思っているのかもしれない。千野は名央のTシャツの袖を両手で引っ張って、ぐいぐいと揺らした。

その必死さに笑いが込み上げる。

名央の顔に浮かんだ笑みを見てとったのか、千野がむっとふくれたのがわかった。ますます笑ってしまう。


「なに?」

「なんでもない。好きだよってだけ」


言わないのもへそを曲げられるだけだろうと、極限まではしょってそう説明すると、千野はじわじわと顔を赤く染め、困った顔をする。

これだからなあ、と苦笑した。


「もう一回言う?」


頬の熱さが感じられるくらい顔を寄せて、ささやいてやる。


「いい…」


弱々しい声で言う千野に、唇を重ねた。

これだから、かまいたくなる。意地の悪いことをしたくもなるし、めちゃくちゃにかわいがりたくもなる。

お前が悪いよ、バカな千野。

降り注ぐセミの声で、耳がいっぱいになる。

慣れない場所で目を閉じると、どこにいるのかわからなくなる。感じるのは千野の気配と体温だけ。

好きだよ。

そう言うと、いつも戸惑ったような弱ったような顔をする。

だから繰り返したくなる。

千野の手を取って、指を絡めて強く握った。

好きだよ。

お前が悪いよ。


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