イジワル御曹司に愛されています
容姿も並、社交的でも面白い性格をしているわけでもない。身だしなみは整えるし、新しい服を買うと気分が上がるくらいの女子力は持っているものの、おしゃれや流行には、そこまで敏感でもない。

そんな私がこうしてネイルなんてものをするのは、爪なら流行の色や形、デザインを、取り入れることができるからだ。自分しか見ていないようなささやかな場所であれば、ちょっとした挑戦や冒険もできる。

あくまで、ちょっとした、の範囲で。

そんな存在自体が薄ぼんやりした、取るに足らない私を、なぜ彼はあんなふうに、かまったんだろう。高校のころなんて、今以上に薄かっただろうに。


「ビジョン・トラストだっけ」


だしぬけにあかねが、その社名を口にした。


「都筑くんの勤め先? そうだよ」

「うちの会社から転職してった人いるんだけど、めちゃくちゃできる人ばかりで、お給料も相当いいらしいよ」

「そうなんだ」


もしかして、すごいところと取引しているのか。「でもさあ」とあかねが不思議そうに首をかしげる。


「なんで父親の会社に入らなかったんだろうね?」

「お父さん、社長さんなの?」

「大手老舗の食品メーカーの創業者の家系で、お父さんが今の社長のはず」


うわあー、お坊ちゃんだ。

そういえば彼の住んでいた家が、陰でスイーツ御殿と呼ばれていた記憶がある。あれはそのせいだったのか。

考えてみれば、学校ではそんなふうに揶揄されて、家ではきっとそういう家柄ならではの窮屈さとかプレッシャーがあって、その結果の、あの高校生活だったのかもしれない。

彼なりにきっと、どうにもならないものと戦っていたのだ。

なんて理解者ぶってみたりして。


「試験なしで入れる会社があれば、普通、入らない?」

「…興味なかったんじゃない?」


あいにく、私にはその程度の返事しかできなかった。




仕事終わりに二人分のネイルを済ますと、なかなかいい時間になる。自宅マンションのある駅に着いたころには、10時半を過ぎていた。

途中のコンビニで、明日の朝食と簡単な夜食を買う。レジに置いた瞬間、「太るぞ」という都筑くんの声が頭に響いたものの、すぐ店員さんにピッとされてしまったので無視することにした。
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