イジワル御曹司に愛されています
『でもあそこ、オーナー企業で同族経営だよ、長男が入らない理由がなくない?』

『都筑くんて、長男なの?』

『知らないけど、なんとなく』


あかねとの会話を思い返しながら、静かな住宅街を歩く。

長男かあ。あのぐいぐい物事を進めていく感じは、言われてみればそうとも思える。でも高校時代の奔放さを思うと、あれが良家の長男の所業だろうかと首をひねってしまう。

いや、それとも長男だからこそ、なのか。

私も兄しかいないので長女といえば長女だけれど、こんな性格だし、そういうのってあまり関係ないのかなあ、なんて考えていたとき、声が聞こえた。


「なんだ、けっこうかわいいじゃん」


曲がり角のすぐ先に、誰か男の人がいる感じだ。まさしくそこを入ろうとしていた私は、ちょっとためらった。

いかにも女の子相手に使うような、傲慢な強引さのある、甘えた口調だったからだ。お取込み中のところに突入したくない。


「でも俺んちは無理なんだよね。ごめんな」


ナンパしておいて入室拒否かあ。って、なんで私がこんな盗み聞きみたいなことしなきゃいけないの。早く話をまとめて、どこかに行ってよ。


「じゃあ、俺行くけど。あんまり夜遊びすんなよ」


あっ、決裂。そしてご退場だ、と思い足を踏み出したのと、そういえばこの声、聞いたことない? と脳裏に浮かんだのは、同時。

角を曲がってすぐ、アパートから漏れる明かりが照らす路上に、男の人がしゃがみ込んでいた。そばにいた、きれいな白と黒の柄の猫が、私に鋭い一瞥を投げて、さっと走り去る。

猫を脅かしたものを確かめるみたいに、男の人がこちらを向いた。

怪訝そうだった表情は、私を認めると驚きに変わる。


「千野」


会社帰りらしい、いつもの隙のないスーツにビジネスバッグ姿で。都筑くんがゆっくりと立ち上がった。




「ここ、ジョッキパフェで有名なお店。テレビにもよく出てるよ」

「へえ」


案内を頼んでおきながら気乗り薄なリスナー相手に、夜の街を歩いている。

なんと彼は、ここから歩いて帰れるところに住んでいるらしい。ということは、私の家とも徒歩圏内だ。ただ使っている駅が違い、路線も違う。これまで発覚しなかったのはそれが理由。
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