イジワル御曹司に愛されています
「ここ、気になってたんだけど、なに?」

「実は居酒屋さんなの」


引っ越してきたばかりなので、周辺の環境を探っていたのだという都筑くんは、猫に振りまいていた愛想をどこかに捨て、『ちょうどよかった』と当然の権利のように私に案内を任せてきた。

学生時代からこのあたりに住んでいる私は、こつこつため込んできたご近所情報がこんなところで役に立つとはと、引き受けさせていただいたのだけれど。

どこを紹介しても、肝心の都筑くんの反応は冷静で、自分にツアーガイドの才能がないのを思い知らされているところ。

今都筑くんが指さしているのは、小ぢんまりとした黒い建物に据えつけられた、倉庫のような大きな鉄の引き戸だ。


「これ、居酒屋か」

「そうなの、焼き鳥とかホッピーを楽しむような、ザ・居酒屋。今も営業してると思うよ」


扉のすき間に耳を寄せると、中の喧騒が聞こえる。


「うん、してる、ほら」


私はなんとはなしに、都筑くんに場所を譲った。すると彼が、素直に私のまねをして扉に耳をつけ、「ほんとだ」と言ったので、驚いてしまった。

てっきりそこまではせず、「ふうん」くらいで済まされるかと思っていたのだ。びっくりもしたし、扉に耳をくっつけている様子がなんというか、かわいい。

耳を離した都筑くんは、不満そうにつぶやく。


「外からわからなすぎだろ」

「私もずっとなんだろうって思ってたの。前に友達が泊まりに来たときのぞいてみたら、びっくりで…あ、都筑くん、あかねって覚えてる? 右藤あかね」

「なに、高校の奴?」


その反応がもう、覚えていないとわかるよね。


「こう、背が高くて…髪が長い、美人の」

「知らない」


歩きだしながら、都筑くんはさして興味もなさそうに首をひねった。

あかねは高校のころからひと際華やかな容姿で、運動も勉強もできたし、友達になりたいと願う人が後を絶たなかった。あれを覚えていないなんて。


「ここ、24時間のコインランドリー。実は私、常連だったりするの」

「洗濯機持ってねえの?」

「持ってます。シーツとかタオルケットとかの大きなものを洗いに来るの。ああいうのって、家だと洗って干したら一日がかりじゃない?」

「確かに」

「その点ここのランドリーは、最新型の乾燥機能つき洗濯機が導入されてるので、そういう大物を洗っても、洗濯と乾燥合わせて、なんと一時間!」

「へえ」
< 26 / 196 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop