イジワル御曹司に愛されています
なんでそんな報告をするのに、こんなに赤くなっているのかと思われただろう。すみません、私もわかりません。

松原さんは、壁にすがって立っている私を興味深げに眺め、「それならよかった」とうなずいた。


「よろしく伝えてね。労災になるだろうから、指定病院に行くんだよ」

「はい、申し訳ありません」

「いやいや、頭とか打たなくてよかったよ。気をつけて」


じゃあ、とにこやかに去っていく松原さんをしばし見つめ、再びエントランスに向かって壁を頼りながら歩いた。

ロビーに出ると、玄関前に横づけされているタクシーが見えた。運転士さんと話していた都筑くんが、私に気づいてやってくると、バッグを持ってくれる。


「腫れてるじゃん」

「そうなの」

「折れてるかもなあ」

「やめてよ」


これまでの人生、骨になにかあったことなどないのだ。考えるだけで恐ろしい。

人の悪い都筑くんは怯えさせておいて、にやにやしている。そして私を後部座席に乗せると、バッグを隣に置いて「気をつけてな」とドアの外へ回った。

あれ?

なんとなく、一緒に来てくれるものと思っていたので拍子抜けした。よく考えたら、立って歩けるんだから、一人で行って当然だ。

慌てた私は顔を赤くし、ドアが閉まる直前、「ありがとう」となんとか伝えた。一瞬、にこりと優しく微笑んでくれた気がしたんだけれど、すぐに発車してしまったから、わからない。

10分も走らないうちに、車は総合病院に着いた。


「すみません、おいくらですか?」

「お帰りのぶんまでもういただいてますよ、あちらの駐車場でお待ちしてますから、お気をつけて行ってらしてください」

「え?」


都筑くんが、そう取り計らってくれたってこと?

グレーの髪の運転士さんが、愛想のいい笑顔でこちらを振り向く。


「中までお荷物お持ちしましょうか」

「あ、いえっ、大丈夫です、ありがとうございます」


あたふたと降りて、院内に向かった。タクシーを待たせているなんて初めての経験で、何分でいくらになるのか見当もつかない。それ全部、都筑くんが前払いしてくれたってことだよね?

お礼を言わなきゃ。

というより、お金を返さなきゃ。でもまた「経費」とかかわされて終わりなのかな。これが経費で落ちるとも思えないんだけど、どうなんだろう。
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