イジワル御曹司に愛されています
彼はすぐにはなにも言わず、じっと私を見つめたまま。

この静かな視線には、覚えがある。じわりとトラウマめいた動悸が身体を伝うのを、意識しないようにした。


「説明、始めていい?」

「はい、お願いします」

「じゃあ、まず俺たちが考えた出展プランね。あくまで仮だから、要望や修正があれば適宜指摘して」


この間、松原さんがお願いした仮プランの作成を、もうしてきてくれたのだ。早い、と驚嘆しながら耳を澄ました。

内容も濃くて丁寧で、うちの会社についてすごく調べてくれたのが、聞いていてわかる。


「で、御社に協力をお願いしたいのが同時開催するセミナーでの講演。プログラムはまだ確定してないけど、今声をかけてるのはこのへん」


見せてくれた出力には、同業他社や顔なじみの教授の名前などがあった。私はその紙を取り上げて眺め、少し考えた。


「パネルディスカッション…」

「え?」

「ただの講演より、ディスカッション形式にするのが面白いかも」


そうだ、基調講演とテーマを合わせながら、少しずつ分野の違う専門家同士で腹を割ったトークをしてもらうの、絶対にいい。


「複数名で登壇するってこと?」

「そう。うちの理事長や、おつきあいのある先生方を何名か招くの。うちなら多方面に顔が効くし、この業界でそういう機会ってあんまりなくて、やってみたいって言ってた先生がいるの」


参加者から質問や議題を受け付けて、その場で議論するのもいい。アカデミックな風土とビジネスの旋風が入り混じっているこの業界で、両者が公の場で一緒に語れる機会はとても貴重だ。

あっ、聴講生に参加してもらうセッションがあってもいいんじゃない?


「そうすると、掛け合いの特に上手な人がいいと思う、メディアに出慣れている人っていう選択肢もあるけど、あえてすごく学究肌な教授を選ぶのも…」


…はっ! ひとりで語っていたことに気づき、私は慌てて口をつぐんだ。

使い込まれた黒い表紙の手帳に、一心に書きつけていた都筑くんが、ふと目を上げて、ペンで私を促すような仕草をする。


「ちゃんと追いついてるから。続けて」


その顔には、冷笑も嘲笑もない。まただ。じっと見つめる静かな視線。
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